何をもって自転車の始まりとするかについては諸説ありますが、一般的に言われているドライジーネが発明されたのが1817年です。構想はいろいろあったようですが、実際に製作されたことが確認されている中で最古とされているのが、ドイツのカール・フォン・ドライスによる、このドライジーネとされています。
当初は足で地面を蹴って進むものでしたが、その後ミショー型やオーディナリー型など、さまざまな変化を経て、ローバー安全型自転車と呼ばれるものが発売されたのが1885年です。その後数年の間に、空気入りのタイヤとフリーホイール機構が実用化されたと言われています。
サドルとペダルにチェーンがあり、ハンドルがあってダイヤモンドフレーム、ペダルをこがない間は空転するフリーホイールと、ほぼ今の自転車と同じであり、その基本的な部分は今に至るまで変わっていません。つまり、19世紀のうちには、ほとんど今の自転車が完成されていたわけです。
その後も、加工技術や素材などの進歩で、乗りやすさや快適性は大きく向上しました。また、いろいろと派生型も登場したりしましたが、基本的な部分について100年以上変化はないと言えます。種類による部品の違いや、意匠デザインなどは別として、基本的に自転車は、かなり完成された製品と言えるでしょう。
もちろん、いろいろな試行錯誤もありましたが、結局は淘汰され、長い間基本的な構造は変わっていません。自転車に限らず、身の回りにある道具などには、進化の末に、あるスタイルにたどり着き、長く変わっていないものがあります。改良しつくされて、誰もが納得する形に落ち着いたと言えるでしょう。
例として適切かわかりませんが、例えばボールペンの形や基本的な部分が、今後大きく変わるとは思えません。ボール型になって掴んで書くようになったり、腕時計型で持たずに書いたりするものが出てこないとは言い切れませんが、まず考えにくいでしょう。そんなことを考える研究者は、ほぼ皆無ではないでしょうか。
ところが自転車の場合、この100年以上基本的な部分が変わらず、ある程度行き着いているように見えるにも関わらず、今もって盛んに改良や革新を考える人が多いのが面白いところだと思います。これまでにも、そうした例をたくさん取り上げてきましたが、今回もまた別の事例を取り上げてみたいと思います。
こちら、“
IzzyBike”は、150年前のミショー型に回帰したかのような、車輪に直接ペダルがついた自転車です。ただし、内装3段変速でフリーホイール機構も採用されているので、ペダルに足を乗せたまま空転します。子供用の3輪車のようにペダルが固定されているわけではありません。
ペダルが直接車輪についているので、チェーンがありません。このことによって、メンテナンスが簡単で、折りたたむのも容易になっています。街中で、サッと折りたたんでエレベーターに載せたり出来ます。駐輪するにも場所をとりません。チェーンがないぶん、トラブルが少ないのも利点でしょう。
チェーンによるエネルギーのロスもなくなります。そのぶん、乗車姿勢が空気抵抗を増やす気もしますが、このライディングポジションが快適で、視界が開ける姿勢がとれるとアピールしています。オプションで前輪の駆動を後輪に伝えるホイールを取り付けることもできます。
直接車輪を回し、また前輪駆動となるため、悪路でも安定すると言います。少なくとも立ち漕ぎはしにくそうなので、坂道に強そうには見えませんが、一方でホイールベースが短く、小回りが効く長所もあります。街乗りなどで、イージーに乗れるというコンセプトには合っているのでしょう。
新しい自転車の革新とアピールしていますが、ミショー型まで遡らずとも、似たような車輪に直接サドルをつけた自転車は、これまでにもありました。スピード面などで物足りなさそうですが、のんびり走るのには向いているのかも知れません。これが主流になるとは思えませんが、一つの考え方ではあると思います。
こちらは、“
Flying Rider”と名づけられた自転車です。空飛ぶ自転車ではなく、飛ぶのはライダーです。乗車姿勢によって、空を飛んでいる気分になることから名づけられたそうです。なるほど、乗車姿勢は独特で、まずサドルがありません。
アーチ型のフレームによって、吊り下げられる格好になります。作者の、David Schwartz さんは、サドルにまたがるより、ハーネスで吊り下げられたほうが快適だと主張しています。少なくとも初心者が、固いサドルでお尻が痛くなるのは避けられそうです。(ただ、そのぶんハーネスで吊られる部分が痛い可能性は残ります。)
なぜ、こんな形になったのかには、理由があります。Schwartz さんが2011年のツール・ド・フランスの山岳ステージを見ていた時です。上りで選手の身体が上下していることに気づきました。これは、上下動するぶん、ペダルをこぐ力をロスしていることになります。
仮に、選手の背中側に壁か何かがあって、身体が上下しなかったならば、そのぶん足の力がぺダルに向かい、ロスが少なくなるはずです。このことは容易に理解できますが、果たしてこのアーチとハーネスが正解なのかについては、多少疑問に感じるのが正直なところです。
少なくとも、ツール・ド・フランスで、選手がこの空飛ぶライダー形で走るのは想像できません。理屈はわかりますし、意図も理解できますが、これがベストとは思えません。その点は、Schwartz さんも認めており、今後改良を重ねていくとしています。
確かに、サドルで下から身体を支えるのではなく、力が伝えるため上から身体を押さえつけるというのは、一つの発想の転換でしょう。アーチ状のフレームとハーネスかはわかりませんが、これまでのサドルではない、何か別の形が生まれてくる可能性はあります。
ただ、ロードレースで激しく身体が上下するのは上りくらいのものでしょう。レースを通して必要になるとは思えません。サドルより快適なのならば、それもメリットでしょうが、全体として車重が増えるでしょうし、レースで、どれだけメリットがあるかは微妙です。
今あるサドルの形状が必ずしも理想型とは言いません。ただ、それがフレームの構造や、自転車の仕組みそのものを変えるかと言えば、疑問な気もします。ヒルクライムなどでは一部採用されるかも知れませんし、全く否定するものではありませんが、これも今の段階で、可能性の一つというところでしょう。
今回は、二つの例を取り上げました。これまでにも数多くの挑戦が行なわれてきましたし、今後もなされていくでしょう。相変わらず自転車の革新をもたらそうと考える人が多いのは間違いないようです。他のものと比べて珍しいように思えますが、それだけ興味や情熱の対象とする人が多いのでしょう。
自転車誕生からもうすぐ200年、19世紀は見た目にも大きな変化がありました。20世紀に基本的な構造は、ほとんど変わらなかったものの、工業製品としての品質は大きく向上しました。21世紀には、どのように変化していくのか楽しみです。
このところ梅雨とは思えない降り方ですね。局地的でもあり、晴れのうちにと出かけるとエライ目にあいそうです。