前回、ヨーロッパのサイクリング経済が観光業界などを中心に
多くの雇用を生んでいるというイギリスの新聞の記事を取り上げました。雇用だけではなく、自転車自体の売上げも増えており、多くのヨーロッパの国で、
自転車の販売台数がクルマのそれを上回ったことが報告されています。
EUに加盟する25の国のうち、ベルギーとルクセンブルクを除いた23カ国で自転車の販売台数がクルマの販売台数を超えました。不景気などの要因もあるでしょうが、ヨーロッパ諸国による自転車活用の推進、自転車インフラの整備の拡大がその背景にあると指摘されています。
もちろん、自転車とクルマでは単価も違えば使い方も違います。単純にその売れた台数を比べることが、必ずしも意味のある比較とは言えないでしょう。ただ、クルマを買い控えたり、購入間隔を伸ばす傾向がある一方で、自転車を買って使う人が増えているようです。

クルマの買い控えと言っても、ACEA(欧州自動車工業会)によれば、今年の5月までクルマの販売は9ヶ月連続で増加するなど、売れていないわけではありません。景気後退に見舞われていた南欧諸国ではクルマ販売が大きく回復する動きもあります。ただ、販売台数としては、低い水準にあるようです。
クルマから自転車に乗り換えるということではなく、金融危機以降、南欧などを中心にクルマの利用をなるべく控えるような動きもあって、そのぶん自転車の利用を増やしている面があるのでしょう。ここへ来て急落していますが、高くなっていた原油価格の動きも影響していると思われます。
前回、ヨーロッパのサイクリング経済が、多くの雇用を生んでいることを取り上げました。ヨーロッパに張り巡らされた自転車道が自転車用宿泊施設などへの投資を呼び、大きな市場を形成しているのです。
ヨーロッパ全体では、440億ユーロという巨大な市場になっているという報告もあります。
440億ユーロという恐るべき売上げ 実は巨大市場になっている「自転車ツーリング」の世界(産経新聞)
これに加え、自転車自体やその関連商品の販売、サービスなどを考えれば、その経済効果は、さらに大きなものとなります。自転車が増えた分、クルマが減っているわけではなく、どちらも増えていることを考えれば、新たに経済を拡大させていると言うことが出来るでしょう。

前回は、日本でも各地の自治体が自転車の街をアピールしたり、サイクリング客を呼び込もうとする自治体が増えていると書きました。自転車インフラを整備することによる経済効果は地方創生という意味で、地方の雇用を生み出す面でも効果が見込めるのではないかとも書きました。
自転車インフラが整備され、自転車に乗る人、乗る頻度、乗る距離が増えるならば、その効果は、地方だけに限りません。自転車自体の売上げという点も無視できないでしょう。特に日本の場合、その自転車市場の大多数を輸入の格安ママチャリが占めており、それが置き換われば大きく売上げが拡大するでしょう。
歩道を走行しているぶんには、その違いは目立たないかも知れませんが、自転車レーンなどが整備され、車道を走行するようになれば、格安ママチャリとロードバイクやクロスバイクなどとの違いは歴然です。昨今の自転車ブームで、そのことを知った人が増え、スポーツバイクの売上げが伸びるのも当然でしょう。
ママチャリしか乗ったことのない多くの人にはピンと来ないかも知れませんが、一度その違いがわかると、多くの人が自転車を買い換えることに納得するはずです。スピードも違いますし、軽くて坂もラクですし、何より乗っていて楽しさが違います。自転車本来のポテンシャルが発揮出来ます。
日本で、自転車インフラへの投資が行なわれるようになれば、自転車市場も大きく変わるはずです。その場合、一台あたりの単価は大きく向上することが予想されます。多くの人が重くて遅く、実用的なスピードが出ない格安ママチャリに乗ることに満足出来なくなるでしょう。

事実、現在でもスポーツバイクに乗る人は増えています。もし多くが置き換わるならば、その購入単価は、格安ママチャリ中心の今と比べて数倍とか、それ以上になってもおかしくないと思います。一挙に市場規模が膨らむ可能性があります。さらに、そのことは周辺商品やアクセサリーなどの市場も拡大させるでしょう。
職場までの自転車通勤が最近注目されるようになりましたが、実際に通勤している人は、ごく一部です。にもかかわらず、自転車通勤用のスーツなどが各社から発売されています。通勤はしないまでも、自転車を移動手段として活用する人が増えれば、自転車用ファッションも、シーンに合わせていろいろ発売されるでしょう。
格安ママチャリと違って、使い捨てのように使われることもなくなります。購入価格が違いますし、きちんとメンテナンスして乗ったほうがトラブルも少なく、快適で楽しいことがわかれば、パーツやメンテナンス用品などのニーズも増えるに違いありません。
街の自転車屋さんをはじめ、メンテナンス関連のサービスの市場の拡大も見込まれます。同時に、むやみに放置駐輪する人も減るでしょう。駐輪場、海外にあるようなメンテナンスのサービスステーションのような施設、自転車を預かるサービス、着替え場所やシャワーを提供する施設なども増えそうです。
日本では、自転車を活用する人が増えると、相対的にクルマが売れなくなり、経済的にはかえってマイナスなのではないかと考える人も多いと思います。しかし、ヨーロッパの例のように、両者は反比例するような関係にはならないと思います。

もちろん、なかにはクルマは不要と感じ、自転車だけで済ます人も出てくるでしょう。でも、クルマでないと出来ない移動や輸送もあります。日本は雨や雪も多いですし、レジャーや家族での遠出など、クルマを使うような用途と、自転車での移動と使い分ける人が多くなるのではないでしょうか。
だとすれば、自転車を活用する人が増えたからと言って、必ずしもクルマの売れ行きを阻害するとは限らないはずです。もちろん、スマホなどの通信料金に可処分所得を取られて若者がクルマを買わなくなったり、カーシェアリングの普及でクルマを所有しなくなるかも知れませんが、それと自転車の活用とは別の問題です。
経済学者ではないので断定は出来ませんが、そう考えると、自転車利用者の増加は、決して経済的にもマイナスにはならないと思います。むしろ、多くの人が、クルマに加えて、スポーツバイクやその関連商品を買うと見れば、そのぶんプラスになると見るのが自然ではないでしょうか。
最近、運送業界でトラックの運転手の人手不足が深刻で、宅配便業者が相次いで、パートに主婦を雇って、自転車による配達を増やすと報じられています。例えば、これにしても、必ずしもトラックの購入をやめて、配送用の自転車を買うことにはならないと思われます。
運転者不足でトラックの台数は増やせないにしても、仕事は増えており、トラックは減らせません。人手の足りない部分を免許のない、あるいは持っていてもトラックの運転が出来ない主婦などのパートを雇って、エリア配送の部分を自転車で補おうというわけですから、決してトラック需要を減らすものではないでしょう。

つまり、今あるトラックに加えて配送用自転車を買い、燃料費が増える代わりに人件費が増えることになります。トラックの購入需要を食うわけではなく、子育て中の母親などの仕事を増やし、家計の所得を増やす点でもプラスと考えられます。
クルマと自転車、製造業という点から見れば、単価が違いますし、部品数も桁違いで、関連産業の裾野の大きさは比べるべくもありません。しかし、クルマ産業の売上げを減らしたぶんが自転車産業の売上げになるという関係でなければ、自転車関連の消費が増えて困ることはないでしょう。
どこからどこまでがサイクリング経済かを定義するのは難しいですが、今までと違う人の移動が起きれば、さまざまな需要も発生します。家計の中のガソリン代の占める割合は多少減るかも知れませんが、そのことは趣味や実用のいろいろな面で、新しいニーズ、新しい消費を生む可能性があります。
人々の動線が変わることで、街が活性化したり、サイクリスト向けの商売が広がることも十分考えられます。少なくともそうした例が海外にはあります。もちろん、交通事故を減らし、人的損失という大きな経済的なロスを減らしたり、健康増進効果で医療費の低減なども期待されます。
自転車インフラの整備は、いずれにせよ必要です。相対的にきわめて低いコストで可能な上に、新たな消費を喚起し、一定程度、経済を活性化する効果が見込めるならば、経済対策として考えても悪くないと思います。ヨーロッパで巨大な市場を生んでいることを思えば、これをやらない手はないのではないでしょうか。
平和賞受賞のマララ・ユスフザイさんが全世界に向けて訴えるスピーチには、毎回胸を打つものがありますね。
一気にスポーツ自転車でなくても、「まともな実用車」で十分ではないでしょうか。サドルが低すぎ、ハンドルが高すぎる現代のママチャリと比べて、歩道通行許可前の自転車は、ずっとまともでした。それと、市民と警察の意識。違法駐車を、自転車通行の安全の権利の侵害として通報することが必要でしょう。
しかし、その前に、自転車が自らの行いを正さないといけませんが。
なんと言っても、現在、自転車に乗っていて一番危険な相手は自転車なのですから。