ボリスジョンソン市長によるロンドンの「自転車革命」は、ロンドンオリンピックの成功ともあいまって、世界から高く評価されました。短期間で自転車先進都市と言われるようになったわけですが、市長は自転車革命が、これで終わりではないと考えていると前回書きました。
ロンドンの都心部のテムズ川沿いに、ハイドパークからタワーヒルまでの幹線道路の一部を自転車用にする構想について、前回は取り上げましたが、ロンドンの自転車スーパーハイウェイ計画は、これだけに留まりません。他にも南北に貫く道路など、いくつかのスーパーハイウェイを計画しています。
このスーパーハイウェイは、基本的に車道の一部を自転車用に転用します。場所によって多少形状は違いますが、物理的にクルマとレーンを分けた高規格の自転車専用道です。自転車は安全かつ快適に、速く通行できます。自転車利用者数の増加による大量の交通量に対応したものでもあります。
ロンドンでは、自転車革命によって、比較的短期間に自転車インフラの整備が進みました。多くの自転車レーンが整備されましたが、もちろん既存の道路に設置されるものでもあり、ロンドンの道路は必ずしも広くないので、サイクリストにとって満足のいくレベルでない場所も少なくないでしょう。
レーンは出来たものの、幅が狭く、クルマがすぐ脇をすり抜けていくようなものであったり、違法駐車車輌が邪魔をしていたり、バス停などと交錯するような箇所もありました。自転車利用者の増加もあって事故も発生し、そのような状況に対する市民の抗議デモも起きたことは、以前にも取り上げました。
自転車ハイウェイは、自転車レーンの改善でもあるわけです。つまり、通常の道路の自転車レーンの整備とは別に、自転車ハイウェイ網を整備するというだけでなく、これまでの自転車レーンを高規格化することで、より自転車の利便性、安全性、快適性を増そうという考え方です。
つまり、既存の車道の端に自転車レーンを設置することで、自転車の走行空間を確保するという第一段階から、クルマ用の車線を減らし、物理的にもクルマ用の車線と分離された、より安全性の高いレーンへの転換です。物理的に分離されるので、違法駐車車輌によってレーンがふさがれることもありません。
日本人から見ると、クルマの車線をつぶして自転車レーン、それも独立した高規格のものをつくるなんて、考えられないことかも知れません。モータリゼーションの始まりから一貫して、道路を拡張し、車線を増やし、少しでも多くのクルマがスムーズに流れるように整備してきたのとは、全く反対の方向です。
しかし、都市部では、渋滞を解消しようと、いくら道路を拡幅しても、開通した途端、多くのクルマが押し寄せ、また別の場所がボトルネックとなって渋滞するいたちごっこです。都心を通るクルマの多くは通過車輌であり、せっかく都市部の高価な地価の土地を使っているのに、必ずしも経済効果が見込めるわけでもありません。
道路の拡幅にも限度があります。いくら道路を増やしても、キリがありません。交通量の増加で渋滞や大気汚染、騒音などの公害も増え、居住環境や勤務環境も悪化するばかりです。それよりも、都心を迂回させ、都心部への流入を抑制しようとなるのは自然な流れでしょう。
さらに、同じ道路面積でも、クルマではなく自転車用にすれば、一人当たりの占有面積が少なくてすむので、より多くの交通量が確保できることになります。平均して1人か2人しか乗っていないクルマを通過させたり、路上に違法駐車されるより、道路空間の有効利用になるという考え方もあります。
自転車は環境負荷も低く、温暖化ガスも排出しません。市民の健康増進にも貢献します。都市の居住環境、勤務環境の改善にもなります。今どき、自転車の活用へと向かうのがトレンドであり、クルマ用の道路を増やすほうが時代遅れと見ることも出来るのではないでしょうか。
もちろん、全面的にクルマをやめて自転車にしろという話ではありません。ただ、都心部の移動で、自転車で済むなら自転車にする、むしろそのほうが速くて便利ということはあるに違いありません。これまでが、あまりにもクルマ中心の整備で来たのも事実です。
とにかくクルマのレーンばかり拡幅してきましたが、キリがありません。それならば発想を転換してみようということです。クルマのレーンを減らし、そのぶん高規格で物理的にも分離された自転車レーンや自転車専用道を増やすというやり方もあるのではないでしょうか。
市民だけでなく、観光客にもメリットがあります。私はロンドンでもクルマを運転して移動していたことがあります。日本と同じ右ハンドルですが、やはり慣れが必要です。都心では、観光客が誰でもレンタカーというわけにはいかないでしょう。自転車シェアリングと安全快適な自転車レーンがあれば、観光客にも便利です。
最近、日本でも訪日外国人客の消費の経済効果がクローズアップされています。政府はもっと訪日客を増やそうとしています。東京オリンピックを控えていることもありますが、安全な自転車レーンや、広域の自転車シェアリングなどは訪日客増加にも貢献するはずです。
現在の東京の道路には、違法駐車などで有効活用されていない車線も多く見られます。クルマの車線が減って、物理的に駐車できなくなれば、違法駐車も減ることが期待されます。環状道路の整備が進み、迂回路も増えつつあります。クルマの車線を減らしていくことは十分に可能ではないでしょうか。
話は違いますが、アフリカでは携帯電話が急速に普及していると言います。電気が通っていないような場所でも、充電屋が商売しており、預けて充電してもらって使うのです。そのような場所では、いまだに固定電話は普及していません。でも、携帯電話ならば、基地局さえあれば、通話やメッセージをやり取りできます。
つまり、固定電話網の整備を飛び越え、一足飛びに携帯電話の普及につながっているわけです。先進国が固定電話から入ったからと言って、途上国が同じように固定電話を整備してから携帯の整備に向かう必要はありません。途上国であったがゆえのメリットと言えるでしょう。
ちょっと例えとしては適切でないかも知れませんが、同じことが、自転車インフラの発展途上国である日本にも言えるのではないでしょうか。すなわち、まず道路端の基本的な自転車レーンも必要ですが、一足飛びに高規格な自転車レーン、もしくは自転車専用道の整備を進めるという考え方です。
現状で、政治的にも市民のコンセンサスという面でも、現実的とは言えないかも知れません。ロンドンでも、まず普通の自転車レーンがあったからこそ、もっと高規格で安全なものをという議論になった面もあるでしょう。携帯電話と違って、途中を省いて整備というわけにはいかないかもしれません。
もちろん、最初から出来るのであれば、高規格に越したことはありません。でも、現状での人々の認識を考えれば、いきなりの導入は難しいと考えるのも現実的な見方でしょう。まずは少しずつでも自転車レーンを設置し、その意義や使い勝手を広く知ってもらってからでなければ、到底理解が進まないというのも、そうかも知れません。
それでも、東京オリンピックに向かってという特別なチャンスでもあります。ロンドンという事例があるわけで、その教訓を生かすメリットもあります。まず、多くの人々のクルマ優先の固定観念を破るところから始めなければなりませんが、考えてみる価値はあるのではないでしょうか。
事前に言われたほどの大雪にならなくて、よかったですね。関東は2センチ積もっても交通は大混乱ですから。