その実現のための方策はいろいろあります。まず法令の順守や安全確認の励行が基本となります。ヘルメットの着用、視認性の向上などもあるでしょう。余裕と思いやりをもった走行、危険を予測し回避可能なスピード、周囲の交通との意思疎通や譲り合いなど、安全性を向上させる方法は多方面にわたります。
どれも大切で有効な考え方ですが、イギリスの、Crispin Sinclair さんは、さらに自転車そのものので、乗り手を守れないものかと考えました。“
Babel Bike”と名づけた自転車を設計し、クラウドファンディングサイトで資金調達を行なっています。
サドルではなく、背もたれのついたシートのような座席がついています。リカンベントに近い姿勢で乗るシティサイクルです。特徴的なのは、そのシートに枠のようなものがついていて、サイクリストの身体を外からの衝撃から守る役割を担っています。
ちょうど、クルマでいうロールバーのような役割が想定されます。ロールバーとは、屋根のないオープンカーなどに見られる、乗員を守るフレームです。F−1などのレーシングカーにもついています。衝突から保護したり、万一ひっくり返っても、このロールバーで乗員が生存するための空間を確保しようというものです。
さらに、座席にはクルマのようなシートベルトが備えられています。これによって衝撃が加わったとき投げ出されず、シートの周りの枠が守ってくれるというわけです。確かに、投げ出されてしまったら、枠のような構造の意味がありません。両方セットで乗り手を守るという考え方なのでしょう。
そのほかに、足の部分を守るプロテクターもついています。チェーンやギヤなどはフレームの中に収めるような構造となっており、ライトやウィンカー、バックミラーやブレーキランプまでついています。安全性を高めるための工夫が他にも盛り込まれているわけです。
結果として重量がかなり重くなってしまっており、そのため電動アシスト機構が採用されています。このような設計により、今までにない、世界で最も安全な自転車になっていると主張しています。たしかに、自転車のフレームで乗り手を保護するとは、これまでなかった安全に対する考え方と言えるでしょう。
この方、Sir Clive Sinclair さんの息子です。 Clive さんは、シンクレアZX80などのコンピュータや、折りたたみ自転車の“A-Bike”など、数々の製品を発明した人として知られています。イギリスでは有名な発明家の息子なのです。このブログでも、超小型の折りたたみ小径車“A-Bike”は、過去に取り上げたことがあります。
イギリスでは近年、大型車の死角による左折巻き込み事故が問題となっています。このことも過去に取り上げましたが、この“Babel Bike”、主として、その左折巻き込み事故の被害を軽減すべく設計されました。大型車に巻き込まれても乗り手の身体を守ろうという発想なのです。
発明家のサラブレッドだけあって、ユニークな発想です。ロールバーのようなガードといい、シートベルトといい、クルマで実績のある安全思想、構造を自転車に取り入れようという考え方なのでしょう。巻き込まれないに越したことはありませんが、もし巻き込まれた場合、自転車そのものが身を守ってくれます。
ただ、個人的にはシートベルトに違和感を感じます。シートベルトがないと枠の意味がないのは理解できますが、自転車に縛りつけられるというのは、どうなのでしょう。大型車に巻き込まれそうになった場合、シートベルトがなければ、あるいは逃げられる可能性があります。
しかし、シートベルトをしていたら、はさまれた自転車と運命を共にするしかありません。もちろん、実際に乗ってみたわけではないので、想像に過ぎません。でも、シートベルトが必ずしも身を守るとは限らず、逆に仇となるケースも考えられるのではないでしょうか。
ダミー人形による実験で、左折巻き込み事故に対する有効性が認められたとしていますので、確かに機能する場合もあるでしょう。でも、イザという時に、自転車に縛り付けられていることに対して、直感的な違和感を感じるサイクリストも多いのではないでしょうか。
シートに取り付けられた枠の強度が、どんな大型のトレーラーに踏まれても壊れないというなら違うかも知れません。しかし、ある程度、巻き込みに対するプロテクトにはなっても、そこまでの強度があるとは思えません。それだけの強度を確保しようと思ったら、桁違いに重くなるはずです。
強度を高めれば高めるほど重くなります。そうなると、運動性能的に問題となります。電動アシストでは足りなくなり、エンジンが必要となるかも知れません。そうなると、自転車ではなくオートバイや、小型のクルマに近づいていきます。自転車では保護しきれないということになりかねません。
つまり、枠のようなフレームとシートベルトというのは、クルマの安全の設計思想であり、自転車にそぐわないのではないかという疑問がわきます。自転車に、中途半場にクルマのような構造を取り入れることが、果たして正しい方向なのかと思わざるを得ません。
左折巻き込み事故の被害を軽減しようという思いを否定するわけではありません。しかし、自転車に、左折巻き込みからの自衛まで担わせるのは酷という気がします。自転車に乗員の保護機能まで持たせようというのは、少し無理があると思います。
これは個人的な意見ですが、同じように感じる人も多いのではないでしょうか。考え方としては、わからないでもないですが、少なくともシートベルトで固定するのは、功罪相半ばするような気がします。実験で機能したとは言っても、実際の事故は多様でしょうし、必ずしも有効とは限らない可能性があるでしょう。
自転車そのものに乗員の保護機能をもたせるという考え方は、確かにユニークです。数ある安全のための議論において、これまであまりなかった視点だと思います。その意味で、新しい自転車の安全の議論に、一石を投じるものとなるかも知れません。
これが資金調達に成功するか、売リ出されて人気となるか、実際に事故の軽減効果を発揮するかはわかりません。今後の推移を見守りたいと思います。ただ、どちらかと言えば、こうした製品で防ぐのではなく、左折巻き込み自体が起きないよう、道路インフラの整備が進むことを期待したいものです。
広島空港は私も何度か使ったことがありますが、怖いですね。しかし大惨事にならなかったのが幸いです。