一番直接的なのは交通事故で、人の命を奪うことでしょう。未熟だったり軽率、不注意なドライバーによって、毎年多くの人が命を落しています。中には飲酒運転のような悪質なものもあり、そうした被害を防ぐための、例えば飲酒チェッカーのような装置も未だに搭載されません。
交通事故ほど明確には実感しませんが、クルマの排出する排気ガスには、多くの有害物質が含まれており、大気汚染をひきおこします。その影響は一様ではありませんが、例えば、交通量の多い国道沿いに住んで、喘息を患うなど深刻な被害を負い、行政訴訟などで争っている人もいます。
排気ガスの影響は、すぐには出ませんし、長い時間をかけて人体に被害を及ぼすため、例えば都市部に住んでいる人が、年をとってから呼吸器系の病気になったとしても、その因果関係を明らかにするのは困難です。しかし、その害が多くの人に及んでいるのは間違いないでしょう。
もちろん、高度経済成長期のような深刻な大気汚染と比べれば、近年は大きく改善しています。お隣の中国の深刻な大気汚染の様子などの報道を見ると、日本は空気がきれいで大気汚染など無いかのように思えるかも知れません。しかし、一時期より改善したとは言え、いまだに有害な物質が垂れ流されているのも事実です。
排気ガスに含まれる窒素酸化物や炭化水素、PM2・5などの粒子状物質、その他の有害成分が、いかに健康を害する原因となるかについての報告は、枚挙に暇がありません。最近、あまりクルマによる大気汚染が話題に上らなくなったからといって、決して問題がなくなったわけではありません。
都会に住むサイクリストは、そのあたりを実感として感じている人も多いのではないでしょうか。交通量の多い道路を通れば排気ガスを直に受け、その臭いや煤煙などに閉口している人も多いと思います。一時期のように黒鉛を撒き散らしながら走行する車輌は減りましたが、有害なガスを吸っているのは相変わらずです。
最近はスポーツマスクなどをして、自衛している人も見ます。クルマのドライバーは快適な車内にいて、その影響は感じませんが、一方の自転車は有害な排気ガスを一切出さないのに、クルマの排気ガスの大きな被害者となってしまっている状況です。この不合理な状況に憤っているサイクリストも多いに違いありません。
カナダのトロントでは、そんなサイクリストの強い見方が登場しました。“
Clean Ride Mapper”と名づけられたサイトは、グーグルマッフの機能を使って、トロント市内の2地点間のルートを調べることが出来ます。これだけなら、よくあるナビと変わりません。
しかし、この“Clean Ride Mapper”がサジェストするルートは、ただのルートではありません。3本候補を挙げ、1本は最短距離で行けるルート、もう1本は交通量の少ない静かなルート、そしてもう1本は、空気がよりキレイなルートを教えてくれるのです。
つまり、なるべくクルマの排気ガスの影響の少ないルートを調べることが出来るわけです。これはなかなか画期的なルート案内ではないでしょうか。急いでいるときはともかく、多少遠回りでも、排気ガス臭くない道路を通りたいというニーズは少なくないと思います。
場合によって、3本のルートが、あまり変わらない場合もあります。当然ながら、交通量の少ないルートと空気のキレイなルートが重なることもあります。ただ、3本が大きく違う場合もあって、単に交通量とも比例せず、体感ではわからないデータが盛り込まれているのがわかります。
このナビゲーションを制作したのは、カナダで最も歴史のあるマクギル大学の、Maria Hatzopoulou 准教授です。権威ある研究者が1台6万ドルもする検査装置を積んだ自転車を市内に走らせ、4年かかって得たデータを基にして制作した貴重な研究成果です。
もちろん、サイクリスト以外の人も見ることが出来ます。市内を走るランナーや、市民が歩くルートを確認するのにも使えます。トロントの大気汚染の状態がどうなっているのか、具体的にイメージするのにも有効なツールなのは間違いありません。
Maria Hatzopoulou 准教授は、単にサイクリストの便宜を図るためだけに制作したのではありません。市民に大気汚染とクルマの害について、改めて認識してもらおうとしています。そのことで、クルマの害を減らしていこうとする社会のコンセンサス、メーカーや関係部局に対する社会的圧力を形成できると考えているのです。
似たような取り組みは、カナダだけでなく、アメリカやイタリア、ベルギーなど各国で始まりつつあると言います。中国のような新興国のレベルとは違いますが、先進国でも決してクルマによる大気汚染に、手をこまねいていてはいけないと考える人が増えているようです。
ちなみに、クルマの排気ガスの新たな害も報告されています。花粉症の原因はクルマの排気ガスだったというものです。以前から、その関与が疑われてはいましたが、最近の研究やデータによって、あらためて、そのことを指摘するレポートが紹介されています。
花粉症の原因は車の排気ガスだった!農村部より都会のほうが花粉症患者が多いワケ
街中や電車の中で、マスクを着用した人を多く見かけます。もうインフルエンザのピークは過ぎたので、おそらく花粉症対策のためなのでしょう。今や国民のおよそ4人に1人が発症しているという花粉症。その最大の原因はスギ花粉とされていますが、本当にそれが原因なのでしょうか。
スギは太古から分布していたのに、花粉症が騒がれだしたのは、ここ数十年のことです。また、スギ自体は農村地帯に多いのに、花粉症で苦しんでいる人は、東京などの大都市やその周辺に多いのです。なんとも不可思議です。戦後、スギの植林が政府の施策として進められ、それらが成長したためにスギ花粉が増えたといわれていますが、それだけではこれらの疑問は解けません。スギ花粉以外に、何か原因があるのではないでしょうか。
スギよりも排気ガスの影響が大きい
日本でスギ花粉症が最初に発見されたのは、栃木県日光市で1960代前半とされています。日光といえば、日光街道沿いのスギ並木が有名です。ただし、スギ並木のスギは、自動車の排気ガスの影響で減ってきています。
その日光市の住民を対象にした、花粉症に関する興味深いデータがあります。それは、古河日光総合病院の小泉一弘院長(当時)が、85年に行った調査です。小泉院長らは、日光市と隣の今市市(現在は日光市に合併)の住民の中から任意に3133人を選び出し、次の3つのグループに分類しました。
(中略)
これは、花粉症の発生に自動車の排気ガスが深くかかわっていることを意味しています。つまり、花粉症を増加させている主原因は、スギ花粉よりも自動車の排気ガスであることがわかったのです。
花粉だけでは花粉症は発生しない
これを裏付ける動物実験データもあります。それは、医学専門誌の「週刊日本医事新報」(日本医事新報社/85年4月6日号)に発表されたもので、東京大学物療内科の村中正治助教授(当時)らの研究グループは、マウスを使って次のような実験を行いました。
(中略)
この実験から、花粉だけでは花粉症は発生せず、ディーゼル車の排気ガスが加わると発症することがわかります。
日光での調査とこの動物実験によって、花粉症の大きな謎が解けたことになります。すなわち、なぜスギの多い農村部ではなく都会に花粉症患者が多いのか、なぜスギは太古の昔からあるのに高度経済成長期以降になって初めて患者が見つかり、その後増え続けているのか――それは謎ではなく、当然のことといえます。高度経済成長期以降に自動車が普及したので、それに合わせるように花粉症患者も増えたのです。また、都会は自動車が多く排気ガスによる空気汚染がひどいため、農村部よりも花粉症の発生する割合が高いのです。
結局、花粉症は単に花粉が原因ではなかったのです。人間が乗り回している自動車から出る排気ガスの影響によって生み出され、増加しているのです。このことをしっかり受け止めて、花粉症対策をしていかないと、いつになっても花粉症の患者は減らないでしょう。(文=渡辺雄二/科学ジャーナリスト)(2015.04.09 Business Journal)
都市を走るサイクリストの被害は関係ないという人でも、あの辛い花粉症の原因もクルマの排気ガスの疑いが濃いとなれば、心中穏やかでない人も多いのではないでしょうか。黒煙が減って、わかりづらくなってはいるものの、その被害はさまざまな形で広がっているわけです。
もちろん、クルマは恩恵ももたらします。移動や物流など、直接・間接にその恩恵を受けていない人はいないでしょう。便利な文明の利器でもありますし、必ずしもそれを否定するものではありません。しかし、いまだに有害物質を垂れ流しにしているという、社会に害を与えている側面を軽視すべきではないと思います。
この時期に台風が来るのでしょうか。メイストームは被害が大きくなるとも聞きますし、少し気になりますね。