いわゆる生活必需品として必要なものは、たくさんあると思いますが、それ以外でも無いと不便なものがあります。例えば、自転車に乗るなら、タイヤの空気を入れるためのポンプは必要なものと言えるでしょう。普通の空気を入れて使うタイヤならば、当然使います。
パンクした時にも必要ですが、ふだんから空気は徐々に抜けていきます。適正な空気圧に保つためにも定期的に空気を入れなければなりません。趣味やスポーツとして乗っている人なら、出先でパンクした時の携帯用のものも含め、一つや二つは持っているのではないでしょうか。
ただ、それほど頻繁に使うものではありません。タイヤの空気を入れるためには絶対必要ですが、必要な時には、街の自転車屋さんなどで貸りるという人もあるでしょう。パンクした場合には自転車屋さんで修理してもらう人なら、必ずしも空気入れを所有する必要はないかも知れません。
遠出するときに、携帯用のものを携行している人もあると思いますが、携帯用のハンドポンプは使い勝手がよくなく、頻繁にパンクするわけでもありません。そして、携行していない時に限ってパンクして、困ることになります。スイスでは、そんな時、自転車に乗る人同士で助け合えるのではないかという考えが広がりました。
自宅の郵便受けに自転車用のポンプが描かれたシールを貼る人が広がったのです。空気入れ、インフレーターが必要なら貸しますよというサインです。これは出先でパンクした時、あるいは空気圧が減っていることに気づいた時など、とても助かる仕組みです。
ポンプを持っていない人も、近所にシールを貼っている人がいれば借りることが出来ます。それほど頻繁に使うものではないですし、わざわざ所有しなくても借りればすみます。貸すほうも、減るようなものではないですし、ご近所さんも含め、貸してあげてもいいと考える人は少なくないでしょう。
自転車に乗る人たちにとって、なかなか便利で有意義なムーブメントですが、スイスで始まった、この自転車用ポンプをシェアする仕組みは、さらに発展することになりました。自転車のポンプ以外のものも、貸せるものがあったら貸せばいいのでは?と考えたのです。
自宅の郵便受けなどに、貸してもいいアイテムのシールを貼っておくのです。わざわざ所有しなくても、シェアできたら便利なものはいろいろあるでしょう。例えば、何かの工具であったり、ハンドミキサーであったり、脚立だったり、ミシンといったようなものです。
ホンデュ用の鍋だったり、ケーキの型や調理秤であったり、ドリルといったものです。芝刈り機や、日本ではないので炊飯器なども滅多に使わない道具ということになります。自転車のポンプと違い、多くはご近所さんが借りることになりますが、借りたいもののシールが近所で見つかればラッキーです。
自転車用のポンプをきっかけに、さまざまなものをシェアする仕組みが広がっていったわけです。滅多に使わないようなものを、一回使うために買うのも不経済ですし、ちょっと借りられたら助かります。逆に自分が持っているものを貸すことで、お互いにシェアする仕組みは、とても合理的と言えるでしょう。
この“
Pumpipumpe”というプロジェクト、スイスのNPOが推進しており、今では工具からキッチン用品、ベビー用品、おもちゃ、レジャー用品、機械、本、無線LANに至るまで、いろいろなものを貸し借りするようになっています。これは、なかなか便利で、有意義な仕組みと言えるのではないでしょうか。
近年は、インターネットやSNSなどを通じた仮想空間でのコミュニティーが広がりつつあります。また、そのようなネット上のコミュニティーで、何かをシェアする関係も広がっています。直接知らない人に宿泊場所を借りたり、自転車を借りたりするようなサービスもあります。
そのような関係やサービス、利便性を否定するものではありません。SNSなどを使って、近所のコミュニティーを作り、モノをシェアすることも出来るでしょう。でも、いちいちアカウントを作って、写真を撮ったりと、何かと面倒な部分があります。脚立1台貸すのに大げさというのもあります。
このプロジェクトの趣旨に賛同する人は、シールを取り寄せます。貸してもいいというもののシールを、自宅の郵便ポストなどに貼るだけという、とても簡単な仕組みです。アナログですが、誰でも手軽に出来て、いつでも確認できるというメリットがあります。
あまり使用頻度の高くないものをシェアすることで、そのようなものをわざわざ買わなくてすむばかりか、それを収納しておくスペースを節約できるというのも大きなメリットでしょう。地域でシェアすれば、何世帯かに1台で済むものはいろいろあるに違いありません。
そして、この仕組みは、直接、購入や収納のコストを削減できるだけではありません。地域のコミュニティーを活性化し、お互いに知り合うきっかけにもなります。ご近所さんと知り合い、顔見知りになっておけば、モノの貸し借り以外でも、いろいろな面で助かることがあるはずです。
ネット上やSNSなどでのコミュニティーとは別に、リアルな関係、フェイス・ツー・フェイスの、地域のコミュニティーの大事さ、必要性が見直されている分野もあります。そんな地域コミュニティーの構築に貢献する仕組みと言えるでしょう。
日本でも、特に都市部では、近所づきあいが希薄になり、隣に誰が住んでいるかも知らない状態が当たり前のようになっています。昔の農村や漁村のように、集落の人は全て顔見知り、プライベートなことも含め、誰もがお互いを知っていて、噂もすぐに伝わるような関係、コミュニティーは減少しています。
しかし、いざ災害などが起これば、救助や避難などで地域のコミュニティーの大切さが浮き彫りとなります。日頃の備えや地域活動も重要です。高齢化や独居化が進む中で、地域での見守りや、助け合いの必要性が大きくクローズアップされるような機会も増えています。
そんな観点からも、なかなか興味深いプロジェクトと言えるのではないでしょうか。現在は、スイスやドイツなどを中心に、こうした地域の取り組みをサポートする組織も立ち上がり、広がりつつあります。生活をする上で必要なもの、それは地域のコミュニティーと言っていいかも知れません。
活動は、基本的に寄付などでまかなわれており、ドイツやスイスに住んでいる人は無料でシールを手に入れることが出来ます。それ以外の国に住む人でも、送料の4ユーロを支払えば送ってもらえるということです。他の国にも広がっていく可能性があります。
実用面でのシェアのメリットだけでなく、ご近所さんのコミュニティーに属することは、生活を楽しくしたり、豊かにするに違いありません。最近の都市部の人、特に若い世代は、そのようなご近所づきあい、リアルな地域の人間関係をつくることが苦手、消極的、無関心と言われています。
しかし、疎遠なことを背景に、地域でのトラブルも増えています。ふだんはいいとしても、イザ何かがあったら、頼りになるのが『遠くの親戚より近くの他人』というのは、普遍の真理でもあるでしょう。防災や防犯、治安の維持などにおいて、地域のコミュニティが大きくものを言うのも確かです。ご近所づきあいは重要です。
“Pumpipumpe”というネーミングは、元々自転車用のポンプの貸し借りだったところから来ています。自転車のポンプが借りられたら便利という自転車乗り同士の共感が、地域コミュニティーの確立や連帯に貢献するようなプロジェクトへと発展したわけです。
日本でも、このような身近なもののシェアを切り口に、地域コミュニティーを構築していくというのは有効な方法ではないでしょうか。何も難しいことではなく、「自転車の空気入れ貸します。」という貼り紙を貼るような、ちょっとした親切心が、ご近所さんとのつながりを育てるのかも知れません。
今度はエンブレムにクレームですか。いろいろケチのつく五輪ですね。まだ5年もあるのに先が思いやられます。