もともと国土が平坦で自転車に向いていることもあって、国策として自転車インフラの整備が進められてきました。多くの市民が、日常のアシとして移動したり、子供を乗せたり、何かを運んだり、日々の生活の中で当たり前のように自転車を使っています。
何かの理由で自分の自転車で移動していない場合でも、通りがかった友達の自転車の荷台に乗せてもらうことなど日常茶飯事です。逆に家族や恋人や友人を、荷台に乗せて走ることもあります。オランダでは、それは言ってみれば習慣のようなものであり、普通の光景です。

そんな「習慣」を、アムステルダム市民と、アムステルダムを訪れる人との間でも共有出来たら素敵ではないかと考えた人たちがいます。訪問客に対する市民のフレンドリーさが示せるばかりか、親近感が増して、もしかしたら、それが恋愛にまで発展したりするかも知れません。

アムステルダムの Yellow Bike という団体が展開するイニシアチブ、“
Yellow Backie”です。“Backie”は、ラゲージラック、つまり荷台のことです。友人の自転車のラゲージラックに乗るという独特のスタイルによる、言わばヒッチハイクです。
黄色い荷台の自転車を見かけたら、訪問客は声をかけ、場合によっては荷台に乗せてもらうことが出来ます。そんな声かけを歓迎しますよ、というサインなのです。観光客、それが外国人である場合も含め、道がわからなかったりしたら、気軽に声をかけて下さいという合図です。
世界からアムステルダムを訪れる人は、アムステルダムっ子の目線でアムステルダムを体感することが出来ます。アムステルダム市民にとっては、世界中から訪れる人々と出会う機会でもあります。せっかくアムステルダムへ来たのなら、市民ともふれあってもらう機会にしたいのです。
例えば、アンネの日記で世界的に有名なアンネフランクの家には、多くの人が行きたがります。普通の街中にあって、駅から徒歩でも行けますが、外国人にとって、必ずしもわかりやすいとは限りません。行き方を説明してあげることも出来ますが、言葉の壁があったりします。

そんな場合は、実際のアンネの家まで、荷台に乗せて連れて行ってあげたほうが手っ取り早いこともあるでしょう。もちろん無償のボランティアです。レンブラントの家であろうと、マヘレの跳ね橋であろうと、観光客が行きたがるような場所は、アムステルダムっ子であれば誰でも知っています。
王宮やダム広場や国立美術館のような、大きくて目立つ場所ならばわかりやすいですが、アムステルダム市内には、魅力的な名所や旧跡や見所がいろいろあります。そうした場所へ、多少は遠回りになるかも知れませんが、たいして遠いわけではないし、ついでだから乗せていってあげようというスタイルです。
市民は、この“Yellow Backie”のライダーに誰でもなれます。“Yellow Bike”に連絡をとれば、無料で黄色い荷台を送ってくれます。それを自分の自転車に取り付けるだけです。後は、声をかけられたら、市内をちょっと案内してあげるだけです。

観光客のほうも簡単です。スマホのアプリをインストールしたりする必要は一切ありません。アムステルダムに降り立って、明るい黄色のラゲージラックの自転車を探します。見つけたら、「Backie!」と叫ぶだけです。黄色い荷台の自転車の人は、みな自分から助けてあげようという親切な人ばかりです。
なるほど、これは便利な仕組みです。初めての訪問先で困った経験は誰にもあるでしょう。迷ってしまったり、近くまで来ているはずだけど、わからないなんてこともあるはずです。そんな時、黄色い荷台のついた自転車に乗っている人がいれば、助けてもらえます。
もちろん、道行く人に尋ねることも出来ます。多くの人が答えてくれるでしょう。ただ、言葉の壁があったりすれば、教えてくれる道順を正確に理解できるとは限りません。そんな時に、“Yellow Backie”なら、場合によっては、目的地まで乗せていってもらえるわけです。
海外旅行に行った時、英語圏ならまだしも、非英語圏だと書いてある単語すら読めなかったり、誰かに聞こうとしても、全く意思疎通が出来ないこともあるでしょう。地図に書いてある文字が街頭の看板に見つからなかったり、通りの名前の表示が地図に載っていなかったりすれば、途方にくれることになります。
“Yellow Backie”なら、地図やガイドブックを指し示すだけで、言葉が通じなくても助けてもらえる可能性があります。これは、外国人にとっても、なかなか親切な仕組みと言えるのではないでしょうか。黄色い荷台は、「遠慮なくどうぞ。」という目印でもあるので、声もかけやすいに違いありません。
遠い所まで乗せてもらうわけではないので、それほど気がひけることもないでしょう。もしかしたら意気投合して、お礼にコーヒーでも、なんて話になっても不思議ではありません。思わぬ出会いとなって、新しい友達が出来るかも知れません。

見知らぬ街で道を訪ねた時、親切に教えてくれる人がいます。なかには、わざわざ目的地まで一緒に行ってくれる人がいたりします。私も経験ありますが、親切な人はどこの国にもいるもので、そのような人に出会うと、とても嬉しくなります。いっぺんで、その国の印象が良くなったりするものです。
ただ、徒歩だと時間がかかる場合があります。私も、結局20分くらい一緒に歩いてもらってしまったことがあります。有難いのですが、恐縮してしまいます。その点、自転車ならば、歩けば30分はかかるような距離でも、わずか数分で着きます。そんな点も長所かも知れません。

オランダでは、過去にユトレヒトで似たような取り組みが話題になったことがあります。駅の近くなどに看板を掲げておき、自転車のヒッチハイクポイントにするというものです。この看板の下で、誰かが手をあげていたら、都合のつく場所まで自転車に乗せてあげようというものです。
地元の自転車の組合とアーティストのタッグで始まった試みでした。このプロジェクトに対して、市の関係部局も、コンセプトそのものには理解を示しました。ただ、公共の場所に勝手に看板を掲げるのを認めるわけにはいかないということで、撤去されることになってしまいました。

この“Yellow Backie”の場合、そのような問題もありません。場所を決める必要もなく、どこでも黄色い荷台が見つかれば、ヒッチハイクすることが出来ます。果たして、この試みが、どのくらいの広がりを見せるのかはわかりません。しかし、なかなか興味深いものがあります。
残念ながら、これをそのまま日本で取り入れるわけにはいきません。自転車の二人乗りは禁止ですし、ふらついて危険なこともあるでしょう。オランダのように自転車インフラが整備されていませんし、車道走行すら当たり前でなく、歩道を自転車が走っているという日本の道路事情では、いずれにせよ無理があります。

タンデムだったら、危険なことはないですが、日本では多くの場所でタンデム自転車の公道走行は禁止です。タンデムやカーゴバイクなども普及していません。ふだんから、友達の自転車の荷台に乗るスタイルが習慣のようになっているアムステルダムと同列に語るわけにはいきません。
ただ、こうしたコンセプトは、日本でも見習うことが出来るでしょう。2020年には東京オリンピック・パラリンピックがあります。例えば徒歩でも、ボランティアで「道案内しますよ」という人は、黄色い帽子をかぶるといった目印を作ってもいいかも知れません。
東京の場合、電車や地下鉄など、公共交通が発達しているため、自転車を使う必要はないと考える人もあるでしょう。しかし、そうとは限りません。たしかに、東京に住んでいる人、働いている人などにとっては、発達した公共交通は非常に便利です。本数も多く時間は正確、網の目のように路線が広がっています。
しかし、外国人にとって、利用は簡単ではありません。乗り換えは複雑ですし、特急や快速など、会社ごとに違う種別があって、どれに乗っていいのかわかりません。乗り入れも多いので行き先もさまざま、いろいろな色の電車が来ます。どの出口に出るか、降りた後の道順も含め、複雑で難しいのは確かでしょう。

その点、自転車ならば、地図と対照すればわかりやすいですし、道中の景色も楽しめます。ドアツードアで、電車と徒歩の組み合わせより効率的に回れますし、バスやタクシーより速いことも少なくありません。もちろん何を選ぶかは、その人次第ですが、自転車というのは有効な選択肢になりえます。
パリでもロンドンでもニューヨークでも、交通手段として有力な選択肢となっており、自転車を選ぶ観光客が増えています。東京都でも、五輪に向け、シェアサイクルなどの整備を打ち出していますが、観光客のアシとしても、自転車は大きな役割を果たせるはずですし、果たさせるべきです。
五輪開催時、東京の自転車乗りに自転車に乗ったボランティアとして、アムステルダムのようなことを期待するのは難しいでしょう。ただ、訪日客に自転車を利用してもらいやすいよう、そして多少でもおもてなしの心を示すことができるよう、自転車インフラの整備は進めてほしいものです。
澤さんの結婚、突然の発表に多くの人が祝福しているのを見ても皆から好かれている選手なのがわかります。
おめでとうございます。