大きく分けて、ジョイスティックで動かす電動車いすタイプと、ハンドルのついた乗用カートタイプがありますが、伸びが著しいのは後者のほうで、シニアカーなどとも呼ばれるタイプです。累計販売台数に占める割合も、全体の4分の3を占めるほどにまで増えています。
社会の高齢化に伴って、このような日常で使う電動カートが増えているわけですが、歩かなくてすんでラクだから乗るわけではありません。足腰が衰えて歩行が困難になったり、体力の衰えから長い距離を歩けなくなったり、病気の後遺症などで歩くのが不自由になった人の救いとなっているのです。
買い物に行ったり、病院に通ったり、誰かと会ったりなど、日常生活でどうしても必要な外出をするための貴重なアシとなります。歩くのが難しくなったり、極端に遅くなったりした人でも、買い物など必要な外出が一人で出来ることは、重要な意味を持ちます。
自分で外出できることが、自立につながるだけではありません。足腰が弱って、外出が困難になると、どうしても家に引きこもりがちになります。一人暮らしだったりすると、誰かと会話する機会も失われ、そのことはメンタル面の健康を害したり、認知症などにつながると言われています。
高齢者にとって、単なる便利な移動手段という以上の意味を持つ場合も少なくないわけです。類を見ないスピードで高齢化が進むと言われる日本だけでなく、多くの先進国でも高齢化は進んでいます。世界的にも需要が伸び、市場の拡大が予想されている分野でもあります。
そんな背景もあってか、新たなニーズを探る製品を提案しようとしている人がいます。クラウドファンディングサイトで事業化の資金調達を目指している、Jason Kraft さんです。“
The Liberty Electric Trike”というトライク、3輪の自転車です。
見た目は、どこにでもありそうなトライクで、特に珍しくはありません。しかし、この製品、電動カートでもあります。バッテリーを積み、電動だけでも走行できます。必ずしも高齢者向けをうたっているわけではありませんが、当然意識しています。自転車であると同時に、高齢者用の乗用カートなのです。
いわゆるシニアカーと同じように、フル電動でも動きますが、必要ならばペダルをこいで進むことも出来ます。つまり、これを使う高齢者は、気が向いたらペダルをこいで、運動することも出来るというわけです。言ってみれば、シニアカーと高齢者向けトライクのハイブリッドです。
普通のシニアカーだと、ペダルがついておらず、常に電動です。運動にはなりません。このトライクなら、好きな時に自分のペースでペダルをこぐことが出来ます。歩くのは困難でもペダルをこげる人は少なくありません。このことにより、高齢者の健康増進にも役立てることが出来るトライクなのです。
高齢者にとって、ペダルをこぐという運動は、さまざまな健康効果が期待できます。有酸素運動によって、血糖値やコレステロール、中性脂肪、血圧などの数値の改善が見込めます。習慣的な運動によって、心肺機能を高め、血液の循環を促進するといった効果も認められています。
加齢に伴って、足腰などが衰え、要介護になるリスクが高まることをロコモティブ症候群と呼んでいます。この、いわゆるロコモを予防するにも、自転車のペダルをこぐ運動は有効とされています。歩行が難しい人でも、ペダルをこぐことで筋力の維持や増強する効果が期待できます。
高齢になると、わずか数ミリの段差でも転倒するなどして、骨折するリスクが高くなります。大たい骨などを折ると、なかなか治りにくく、それで寝たきりにつながる割合が多いことがわかっています。65歳以上で救急搬送される要因の8割は転倒だと言います。
脚力を維持することは、運動機能の衰えを防いだり、筋力低下を緩和します。これは転倒防止にも欠かせない要素です。さらに、脚の筋肉だけでなく、腸腰筋などの身体の奥にある筋肉、いわゆるインナーマッスルを使うことになり、このことが転倒防止、ひいては寝たきり予防に効果があると言われています。
さらに最近注目されているのが、認知症予防や、認知症の進行を遅らせる効果です。人とのコミュニケーション、頭脳を使う習慣、睡眠などに加え、運動習慣が効果的とされています。とくに有酸素運動に効果があることが明らかになってきました。これなら、歩かなくなっても運動習慣を続けられます。
外出して人とコミュニケーションをとること、日に当たってセロトニンの分泌を促すことと共に、自転車で運動することはストレスの解消にもなります。閉じこもりがちな高齢者の外出の助けとなるだけでなく、うつ病の予防にも役立つと考えられます。
日本では、商店街がシャッター通りになったり、大型商業施設が撤退したりして、近くに食料品や日用品を買いに行くところがなくなる、いわゆる買い物難民が増えています。特に高齢になってクルマの運転をやめると、突然不便になります。そうした買い物難民を助けることにもなるかも知れません。
このトライク、出力750ワットのモーターを搭載し、電動だけの走行での最高速は時速12キロに制限されています。3時間の充電で39キロ以上の航続距離があります。最高で136キロの積載が可能で、その場で360度転回することもでき、後退用のギアもあります。
本体の重量は32キロ程度と、一般的なシニアカーが100キロ前後あるのと比べて、大幅に軽いこともメリットです。前後2つに分解することもできて、クルマなどに簡単に積むことが出来るのも、普通のシニアカーにない利点と言えるでしょう。
単なるトライクのように見えますが、高齢者にとっては、なかなか有用な乗り物だと思います。日本でも高齢者用のトライクやシニアカーがそれぞれ販売されていますが、シニアカーと高齢者用トライクのハイブリッドというコンセプトは、なかなか優れた目の付け所なのではないでしょうか。
これをそのまま日本で使う場合、電動アシストではなくフル電動なので、普通自転車として扱われず、歩道を走行することは出来ません。最高速度の12キロは、歩道を徐行するには速すぎるスピードです。シニアカーと同じ「歩行補助車等」として認められるためには、最高時速を6キロ以下にして要件を満たす必要があります。
道交法上、70歳以上の高齢者は、自転車で歩道を通行することが認められています。もちろん徐行しなければいけませんが、スピードが出ている高齢者もいます。脚力に自信のある高齢者は、自転車で車道を走行し、そうでなければ、時速6キロ以下で歩道を通行するならば、安全に住み分けができそうです。
高齢者が自転車でフラフラしながら歩道を通行したり、スピードを出して通ったりするより、安定していますし、スピードも出ない分、歩行者も安心できるでしょう。自転車とシニアカーの隙間をふさぎ、健康増進効果も見込める商品、なかなか面白いのではないでしょうか。
これは高齢化社会のフロントランナー、日本でも、当然ニーズが見込めると思います。もちろん、それぞれの身体的な事情等も違いますし、従来型のシニアカーがいい人もいるでしょう。でも、シニアカーと自転車の間に目を向けると、まだまだ商品開発の余地がありそうです。
気がつけば、もうノーベル賞が話題になる季節ですか。今年も日本人受賞者が出るのか期待されますね。
この手の自転車の一番の敵は、歩道の「切り下げ」(車道より一段高くなっている歩道において、歩道に面した敷地から車道へ車を通すために、一部斜めにした部分)です。歩道通行者から見ると、そこだけ車道側へ横に傾いている形状になります。
シニアカーでは、バッテリーなどで重心が低くなり、座席の高さも低いので問題になりませんが、足でこぐタイプの自転車では、座席が高くなり、どうしても重心が高くなります。
三輪(以上)の自転車では、切り下げ部分を通るとき、左右に傾くことになります。市販されている三輪自転車では、乗車部分を左右にスイングするようにして傾きを打ち消せるようになっていますが、バランスを取りにくくなった高齢者(あるいは障がい者)はスイング機構を固定せざるを得ず、このこの傾きでとても不安定になります。
ためしに三輪自転車のスイング機構を固定して走ってみるとわかりますが、わずか10度程度の傾きでも転倒しそうに感じます。
セグウェイではありませんが、このような場合でも、自動で垂直が保たれるようにしないと、現在の車優先の歩道では、なかなか活用は難しいと思います。本当は、切り下げなどの傾きがない歩道が一番なのですが。