法整備をはじめとした課題は残っているものの、自動運転が視野に入ってきています。ネットに接続され、人工知能とつながるなど、その仕組みを劇的に変えていくことになるでしょう。従来のクルマメーカーだけではなく、グーグルなどIT企業が参入し、競争の激化も予想されています。
エコカーの開発も進んでいます。ハイブリッドカーや電気自動車、燃料電池車など、クルマの動力源も大きく変わっていく可能性があります。燃費が良く、省エネ性能に優れているたげでなく、化石燃料を燃やさず、いかに環境負荷を減らすかが焦点になっていくと見られています。
こうした変革の方向性は、絶え間なく続く技術革新による、いわば必然であり、人類の進歩ということなのでしょう。温暖化ガスの排出抑制は時代の要請であり、いわゆる持続可能性を実現するためにも必要不可欠な進化ということになるのだろうと思います。
移動をより便利にし、私たちの生活を、より豊かにしてくれるものでもあります。クルマ産業は基幹産業として、裾野の広い製造業のけん引役として多くの雇用を生み出しています。経済成長のためにも欠くべからざる変革ということになるでしょう。
ただ、エコカーに関しては、矛盾や疑問も指摘されています。HV、ハイブリッド車の人気があるのは日本だけです。事実、世界では販売台数に占める割合が低くなっています。もともと、構造が複雑で燃料タンクと大きなバッテリーの両方が必要で、重量が重くなって余計にエネルギーが必要という構造的な矛盾もあります。
部品点数が多く、大きなバッテリーなども含め、ガソリン車に比べ、製造や廃棄にかかるコストや環境負荷が大きくなるのも問題です。値段も高くなりますし、燃費的にも、従来のエンジンの排気量を小さくしてターボにすれば遜色ない数値になるなど、エコカーとして必ずしも秀でているとは言えないようです。
EV、電気自動車は航続距離や充電時間などが普及のネックです。排気ガスや温暖化ガスを排出しませんが、その動力源たる電気は、発電所で生み出され、莫大なロスを生みながら送電されています。未だ多くの割合を石炭、石油、天然ガスなど化石燃料を燃やして発電していることを考えれば、クリーンとは言えません。
FCV、燃料電池車は、水しか排出しませんが、普及に向けては大きな課題を抱えています。水から無限に取り出せて、枯渇しない究極のエネルギーのように思えますが、水から取り出すためには莫大なエネルギーが必要です。結局、コストを考えれば、石油や天然ガスから取り出すことになります。
それならば、石油やガスをそのまま使ったほうが、はるかに効率的です。水素ステーションの整備にも莫大なコストがかかります。現状でガソリンがいくらでもあるのに、新興国も含めた世界で整備が進んでいくとは思えません。水素の輸送にも大きなコストがかかるなど、技術的な課題が山積しています。
依然として、水素を生産するためのエネルギーは温暖化ガスを排出することになりますし、わざわざ水素にして流通させる経済的合理性はありません。水素は腐食性が強く、きわめて爆発しやすく、爆発力も強力な気体です。耐腐食性や機密性、強度の高い専用貯蔵設備が必要です。
水素の生産、輸送、販売は、既存のクルマ用燃料と比べてはるかに難しく、コストも大きくなります。水素は極めて取り扱いの難しいエネルギーであり、水素を大量に運ぶため、液体水素にすればマイナス260度が必要になり、圧縮して運ぶにしても数百気圧が必要となるなど、輸送にも膨大なエネルギーが必要です。
最近はガソリン車の燃費性能が向上した結果、エコカーとしての性能は平凡なものだと言います。鉄鋼生産などの副産物として発生する水素の利用にも費用がかかり、水素自体の値段が高くなってしまうため、EVなどと比べて、コスト的な魅力もありません。
技術革新を否定しようというのではありません。しかし、必ずしもエコとは言えず、環境負荷が減らず、経済的でないことを考えれば、消費者としては、次世代の技術というだけで、優れているように思ってしまっている面はないでしょうか。メーカーの宣伝に乗せられ、買わされるような気がしないでもありません。
それより、自転車でも充分な移動は自転車にしようと考える人が増えるのも無理はないでしょう。世界中で、都市部を中心に自転車が見直されるのも道理です。自転車のほうが、エコカーより、よっぽどエコでクリーンであり、おまけに健康にもいいとくれば、乗る人が増えるのも自然な流れと言えるでしょう。
ただ、そうは言っても、自転車が全ての代替手段になるわけではありません。自転車だと雨に濡れるし、荷物が運べない、車道を通るのは危険など、欠点を感じている人も多いでしょう。それらの点から自転車は選べず、依然としてクルマを選ぶ人も多いと思います。
そこで、クルマか自転車かの二者択一ではなく、別の選択肢を考える人がいます。その名も“
SUNNYCLIST”、世界で一番グリーンな乗り物とアピールしています。端的に言えば、太陽電池式の電動ビークルで、見た目は、レトロでかわいい感じのする三輪車です。
プラグをつなげて充電はしません。完全にソーラーなので、普通のEVと違って発電所の電気を使いません。その点でエコでクリーンです。屋根の上に取り付けられた大きなソーラーパネルで充電します。太陽の方向に傾けることが出来るので、発電効率を大きく上げることが出来ます。
もう一つ、ペダルをこぐことで、人力でも電力を供給できます。天気が悪く、ソーラーパネルでの発電に期待できない場合には、人力で発電して内蔵バッテリーに充電できるわけです。このペダル部分は、外して屋内に持ち込み、エクササイズで発電して蓄電することも出来るのがユニークです。
3人乗りで、運転手だけでなく3人とも、それぞれ同時にペダルをこげます。ただし、直接タイヤを駆動するのではなく、バッテリーの充電です。一応、最高時速は50キロ、航続距離は70キロとなっています。通勤や都市部などでの移動であれば、これで十分という人も多いはずです。
開発したのは、ギリシャ人の Manolis Tsikandilakis さんです。機械工学を専攻した、大の自転車好きでもあります。この“SUNNYCLIST”は、発電所の電気を使わない、本当の意味で環境負荷が小さい乗り物であり、これが普及すれば、クリーンな移動や通勤が可能になるとアピールしています。
もちろん、ガソリン車に比肩するようなスペックではありません。雨はしのげますが、スピードも出ません。どちらかと言えば電動カートです。しかし、都市部での移動、近距離の通勤や買い物、観光地などで、のんびり移動するといった用途であれば、これでも十分と考える人もあるでしょう。
そもそも、都市部では渋滞が常態化しており、速いスピードは必要ない場合も少なくありません。休日に行楽地へ出かけようにも、行き帰りの高速は渋滞だったりします。平日の通勤も、休日の高速も渋滞ばかり、100キロのスピードが出ても、滅多に使わない人は多いに違いありません。
ショッピングセンターへ行っても混雑していて駐車場待ちに延々と並んだりします。結局、走行距離もたいして伸びず、今のクルマの性能は宝の持ち腐れ、無駄なスペックなこともあるはずです。そう考えれば、今のクルマのようなスピードや航続距離は必要ないと割り切ることも可能でしょう。
幹線道路では渋滞でスピードが出せず、むしろスピードが出せるのは、住宅地の中を通る抜け道だったりします。そこで時間を稼ごうとスピードを出すので、事故も増えています。自転車程度のスピードしか出なければ、歩行者に対し、相対的に危険は小さくなり、事故も少なくなるはずです。
スピードや航続距離が割り切れるならば、本当の意味で環境負荷が低い、“SUNNYCLIST”のような乗り物は意味のある選択肢ではないでしょうか。なんと言っても燃料費が不要で経済的ですし、健康増進にも貢献します。事故が減り、事故の時の被害も小さくなるなど、メリットは少なくありません。
もちろん、従来型のクルマが不要などと言うつもりはありません。移動や物流、そのほかの面で誰もが恩恵をこうむっています。この“SUNNYCLIST”のような乗り物で、その全てを代替できるわけでもありません。ただ、混雑する都市部の移動に限れば、このような乗り物を使う意味は小さくないと思われます。
クルマが革新し、性能が上がり、今より便利になることも否定しません。相変わらず交通や物流、その他の面でクルマが必要であり、経済や雇用などの面でも重要であることは間違いありません。ただ、エネルギー面では、本当に環境負荷を軽減する革新になっているとは限りません。
この“SUNNYCLIST”がいいかどうかは別として、渋滞の多い都市部や比較的短距離の移動であれば、このような乗り物のほうが環境負荷が低いのは明らかです。そして、それは必ずしも技術的な逆行や退化ということではないと思います。ソーラーと人力のハイブリッドというのは現実的で意味のある選択です。
夢の技術のようでいて、あるいはそう喧伝されていても、実はちっとも環境負荷が減っていない、むしろ増えることもあります。そのあたりを冷静に考え、本当に必要な性能は何か、何が必要な革新なのか、むしろ違う方向性があるのではないか、今一度考えてみてもいいのではないでしょうか。
イギリスで刃物による死傷事件、アメリカでは乱射事件とテロと見られる事件が相次いでいるのが懸念されます。
私としては、ここで一気にコンパクトシティ化=公共の利益につなげさせる為に、自動車維持費、自動車税を、自動車が蔓延させている害に対応できるに相応しい額へと大幅に増額させてほしいと思うところですね。
自動車維持費、自動車関連税を一気に引き上げれば、自然と市街地への移住や公共交通及び自転車の利用も増えますし、コンパクトシティ化が自然と実現できるものですから。
これから、ますます選択と集中が命題となってきます。
医療維持のためにも、コンパクトシティ化、つまり、自動車抑制、自動車排除の強化及び、自転車及び公共交通の活用推進は絶対に必要なものだと国土交通省及び内閣府をはじめとして大勢の団体及び個人が発信していますし、私も同様です。