ビッグデータという言葉をよく聞くようになりました。
機器の進歩や普及によって、これまでデータとして扱えなかったようなものまでデジタルデータとして収集・蓄積できるようになってきたことが、その背景にあるのでしょう。いろいろな分野でビッグデータの活用ということが言われるようになりましたが、自転車に関するビッグデータもあります。
例えば、走行ルートのデータです。これまでは今日、どこをどう走ってきたか、おおよそのルートを日記に書くくらいしか方法がありませんでした。しかし昨今は、ナビやGPSロガーなどの機器や、スマホのアプリなどを使って、走行したルートをデジタルデータとして収集・保管することが出来ます。
それだけでは個人の記録でしかありませんが、多くの人のデータを集積・蓄積することが出来れば、それはまた違った価値を持つようになります。たくさんの人の自転車での走行記録から、その交通量や速度などを分析すれば、いろいろなことが浮かび上がってきます。
自転車で走りやすいルートは多くの人が選択するでしょうし、逆に回避する人が多い場所には、その理由があるに違いありません。多少遠回りでも速いルートや、事故が多発する場所、極端に平均速度が落ちる地点もあるでしょう。自転車での通行状況が見えてくるはずです。
ビッグデータを解析することで、道路上の問題が見えてきます。流れが滞る要因を排除したり、適切なインフラを整備するなど、事故防止や交通安全に貢献出来るはずです。利用者が集まる場所では、駐輪場のニーズのリアルタイムのデータを得て、最適な整備が行なえるでしょう。
もちろん、サイクリストに便利なデータとして還元することも可能です。単なる距離や地形などのデータ以外に、実際に通行している人のデータを分析することで、より自転車での通行に適したルートを導くナビゲーションが可能になるに違いありません。
実際に、そのようなナビは実現しています。その一例が、ヨーロッパを中心に使われている、“
Bike Citizens ”です。これは、都市部のナビゲーションに特化した自転車用のスマホアプリです。蓄積したさまざまなデータから、単に距離だけでない希望に沿ったルートを案内します。
距離が最短だからと言って、それが一番速いとは限りません。インフラの整備状況や道路幅、信号、混雑度などによっても変わってきます。多少遠回りでも、安全な道を行きたい人もいるでしょうし、なるべく交通量の少ない道路を、のんびり静かに走りたい時もあるでしょう。
なるべく路面の状態が良い道とか、トレーニングのために起伏が多い道を選んだりと、その時々の事情や気分で希望するルートも変わってくるでしょう。乗っている自転車の種類によっても違ってくるかも知れません。その案内のため、地図からだけではわからない、多くの走行データから導き出された情報を使っているわけです。
最初は、自転車のメッセンジャーが持つ知識や経験のデータを元にしたそうです。それによってサイクリストが便利に使えるため、ユーザーが増え、多くの走行情報が集まることになります。そのデータを解析することで、さらに案内の精度を上げ、ユーザーを納得させるルートが案内できるようになるわけです。
自分の走行データを、アプリを通して提供することになりますが、それが大量に集積・分析され、ユーザーのためにフィードバックされる仕組みです。便利になれば使う人も増え、データが集まり、案内が便利になるという、いい循環が出来る仕組みになっています。
このアプリは、都市ごとになっており、それぞれ使いたい都市用のナビを有料でダウンロードして使います。もちろんナビ以外にも、自分の走行データを蓄積して、それを表示するなど、いろいろな機能が用意されています。都市のサイクリストには、なかなか魅力的なシステムと言えるでしょう。
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ただ、残念ながら日本の都市は含まれていません。ヨーロッパのアプリですから、仕方がないようにも思いますが、他のアジアの都市の中には含まれているところもあります。結局、日本では、この手のアプリのニーズが無いというのが実際のところでしょう。
日本は、自転車の保有台数や利用者数で言えば、世界有数の自転車王国ですが、その大多数はママチャリであり、最寄り駅までか、近所のスーパーか、幼稚園の送迎くらいにしか使われていません。自転車に乗って、ナビケーションを使いたいというニーズが少ないのは間違いないでしょう。
都市での移動手段として走り回る人も少ないですし、スマホなどでGPSデータを収集しているような人も僅かに違いありません。“Bike Citizens”のようなアプリを配信しても売れないでしょうし、データも集まらないと思われます。日本の都市版が提供されていないのも仕方がないところでしょう。
日本の都市版が無いのは残念ですが、それでは、日本のサイクリストは、ビックデータの恩恵にあずかれないのかと言えば、そうとも限りません。例えば、クルマが収集・蓄積する走行データがあります。自転車より先にナビが普及していますし、クルマメーカー等が走行記録のビッグデータを蓄積しています。
大震災の時にも、実際に走行しているクルマの走行データから、道路の被災状況を表示するなどして注目されました。当然ながら、日常のデータも蓄積されています。ちょうど最近のニュースに、そのデータを分析して、さまざまな情報や知見が得られているとする記事がありました。
トヨタが大阪市で「事故が起きそうな場所」を47か所も発見できた理由
2015年、トヨタグループでITに関する研究開発を行うトヨタIT開発センターは大阪市と提携し、車のビッグデータを活用してドライバーの危険運転と市内の危険場所を明らかにする実証実験を実施した。この実験を通して危険データ分析システムを試作開発。これがドライバーに注意喚起を行う安全運転支援サービスやヒヤリハットマップの作成へとつながっている。
交通事故が起きる3つの要因
大阪市は、全国的に見て交通事故件数が多い市だ。2014年のデータでは、日本全国の交通事故数57万3842件(死者数4113人)に対し、その約2%に相当する1万2946件(死者数51人)が、1つの市である大阪市で起こっている(注:ただし一定人口割合で見ると高くはない)。
「TERADATA UNIVERSE TOKYO 2016」で登壇したトヨタIT開発センター 開発調査部/プロジェクトリーダーの長田祐氏は、「これを1件でも減らしたいという思いがあった」と述べ、「我々は車のデータを活用して日本をよくしていきたい、豊かな社会を作り上げていきたいと考えている」と強調した。
大阪市もまた2015年4月に大阪市ICT戦略骨子を発表し、「ICTを使って大阪市をよくしていきたい」という思いを宣言していた。そこでトヨタIT開発センターから今回の実証実験を大阪市に提案し、実現する運びとなった。
それではどんな原因で交通事故が起こっているのか。
その1つが「難しい合流地点」で、たとえば阪神高速環状線の池田付近は、300メートル先の左の出口に出るために4車線を跨がなければならず、事故多発地点となっている。
2つめは社会的な問題にもなっているが「自転車」による事故で、スマートフォンを見ながら、あるいは傘を差しながら自転車に乗っている人と、自動車、歩行者が激突するケースもあるという。
さらに3つめとして、幹線道路の抜け道として利用されている「生活道路での車の暴走」も事故につながる場合が多く、特にスクールゾーンが危険になっている。
「こうした事故の原因を少しでも減らして交通事故を無くしたいというのが、警察であり、自治体であり、市民であり、我々自動車メーカーの願いだ。(以下略 ビジネス+IT 2016年07月06日)
自転車にとって、路上の危険の大きな部分をクルマが占めているのは間違いありません。クルマメーカーの持つビッグデータは、自転車にとっても有益なはずです。これを事故多発要因の是正や、インフラの整備や改良などに役立ててもらえば、自転車にとっても大きな福音となるでしょう。
クルマメーカーに対し、自転車のためなどと言うと、図々しいように聞こえますが、自転車との事故の可能性が減るのは、クルマのドライバーにとっても大きなメリットです。事故を起こす人が減れば、そのぶんクルマを買わなくなる要因が減るわけで、メーカーにとってもプラスになるに違いあリません。
実際、クルマメーカーや、その集まりである自動車工業会は、自転車向けインフラの整備推進を支持しています。自転車に乗る人の多くはクルマにも乗ります。ぜひ、クルマも自転車も不幸になる交通事故を減らすため、貴重なビッグデータを使って、行政などと共に、それを活かす方向へ進めてもらいたいと思います。
これまで、自転車の事故が危惧され、その防止が呼びかけられ、取締りなども行われてきました。もちろん、自転車利用者のルール違反の問題があります。ただ、それが事故につながる場所には理由があるようです。ビッグデータを使えば、具体的に事故が多発する場所や、その原因、傾向などが明らかになります。
自転車のルール違反が原因としても、それが実際に事故につながる背景がわかれば、事故防止策が打てるかも知れません。取締りをするにしても、効率的に行なえ、事故抑止に直結させることが可能になるでしょう。インフラ整備を優先することも出来るはずです。
残念ながら、今のところ、ビッグデータを使ったナビに関しては、日本ではニーズも小さく、その収集や活用は進まないかも知れません。しかし、ビッグデータによって、事故防止という、より大きな恩恵には預かれるはずです。ビッグデータが活用され、街が走りやすく、安全になることを期待したいと思います。
関東地方は、ここ1日2日比較的過ごしやすかったですが、この時期から猛暑が続くと、先が思いやられますね。