例えば、自転車先進国の多いヨーロッパの中でも、国によって事情は異なってきます。オランダやデンマークをはじめ、比較的北に位置する国々は、自転車の活用に国ぐるみで熱心であり、インフラも整備され、人々の意識も高いものがあります。
ドイツやフランス、イギリスあたりは、都市によっても多少違いますが、近年は都市部にも自転車レーンを整備したり、都市型の自転車シェアリングを導入するなど、自転車の活用にシフトしてきています。パリやロンドンなどの大都市では慢性的な渋滞が悩みの種であり、排気ガスによる大気汚染に悩まされていることも背景にあります。
これに比べると、スペインやイタリアなど南欧の国々は、あまり自転車先進国というイメージはありません。文字通り、北部の国々とは温度差があるように感じます。ロードレースの人気は高いですが、市民が自転車の活用に積極的という印象は、あまりありません。
当然ながら、それぞれ国によって、歴史や交通環境、地形や気温といった条件も違います。ラテン系と言われるように、国民の気質が違う面もあるでしょう。環境に対する意識も、ヨーロッパ一般に高いと言えますが、国によって差があるのは否めません。
そんな中、どちらかと言えば、あまり自転車の活用に力を入れているというイメージのなかったスペインでも、都市部の渋滞やそれによる大気汚染が深刻になっており、環境への負荷の観点からも、より積極的に自転車の活用を呼び掛けるようになってきています。
スペインでは、
政府と交通局が国民に自転車の活用を広く呼び掛けるキャンペーンを展開しています。過去にもキャンペーンは行われていますが、およそ常識的でオーソドックスなものが多く、逆に言うと、あまり話題になるようなものではありませんでした。
ところが、今回のものは、今までとは少し毛色が違い、そのユニークさ、「やわらかさ」が話題になっています。世界的にヒットした映画を題材にし、そこに登場するクルマを、自転車に置き換えて訴えるというものです。誰もが知っているような映画を使って、クルマから自転車への乗り換えを促しています。
その映画は、「ゴースト・バスターズ」、「ジム・キャリーはMr.ダマー」そして、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」です。3本とも特徴的なクルマが登場するのが共通点ですが、それぞれ、“Ecto-1”、“Mutt Cutts”、“デロリアン”と呼ばれるクルマがパロディ化されています。
ヨーロッパでは、ご存じのようにディーゼル車の割合が高く、排気ガスの有害物質やPM2.5などによる大気汚染が問題になっています。中国やインドなどの新興国ならともかく、ヨーロッパで、とは意外な感じもしますが、実際に人々の健康が害されており、大きな問題となっているのです。
なかでも、スペインは最悪と言われています。EUの環境庁(EEA)によれば、2014年のスペインでは、一年間のうち150日も、人々の健康を保護するために定められた環境基準を超えました。このことによる国民への呼吸器疾患や肺がんなどのリスクが大きな問題となっています。
スペイン政府は、特に渋滞の酷い都市部では、クルマをやめて自転車で移動するよう促すため、このようなキャンペーンを張っているわけです。スペインでも都市によっては、自転車に乗る市民の割合の高いところもあるのですが、あまり自転車の利用に馴染みのない多くの人々に、自転車への関心を持ってもらおうというのです。
果たして、ここに出てくる自転車の乗り心地が、乗りたくさせるものかどうかはわかりませんが(笑)、実際にその自転車を製作して、街で市民に乗ってもらうプロモーションまで行っています。映画のロゴやコピーを使ったメッセージでも呼びかけています。
例えば、バック・トゥ・ザ・フューチャーの場合、“Cars? Where we’re going, we don’t need cars.”(クルマ?これから行くところに、クルマなんていらないよ。)といった具合です。これからの時代は、クルマより自転車に乗るようになるとアピールしているわけです。
政府の広報、啓発活動としては、なかなかユニークだと思います。このポスターを見て、自転車に乗りたくなるかどうかは別として、今まで、あまり興味の対象とならなかった自転車に、あらためてスポットを当て、人々に考えさせる効果は、それなりにありそうです。
ひるがえって日本はどうでしょう。ヨーロッパをはじめ、世界では自転車の活用を促す方向にあります。都市の渋滞、大気汚染、市民の健康増進、省エネルギー、環境への負荷や地球温暖化ガスの低減など、さまざまな理由から自転車が見直されている中、日本政府にその意識はあるでしょうか。
11月にはモロッコで国連気候変動枠組み条約第22回締約国会議(COP22)が開かれます。つい先日も、アメリカと中国が相次いで、地球温暖化防止に向けた国際的な新しい枠組み「パリ協定」の批准を発表しています。早期の発効が見えてくる中、日本の立ち遅れが目立っています。
もちろん、パリ協定について言えば、自転車の活用などは、ごく小さな一部にしか過ぎません。ただ、わざわざ渋滞するクルマはやめて、自転車が使える部分は自転車を使おうというのが、世界的なトレンドになっています。大気汚染や交通事故や、デメリットも多いクルマを都市部で使うことへの疑問が広がっているのです。
日本は、自転車に乗る人が多いという点で自転車大国ですが、それは最寄り駅までとか、近くのスーパーまでの利用が大部分です。駅まで行くのに、歩くより速いから、歩くよりラクだから、バスを待つより速くて時間が読めるからという理由に過ぎません。
日本でも最近、少しずつ自転車インフラの整備の必要性が話題に上るケースが出てきました。しかし、それはあまりに貧弱な自転車環境の是正を迫られているだけです。自転車が歩道を通るという世界的に見ても非常識で、野蛮な状態が恒常化していることによる、自転車行政の綻びから来るものに過ぎません。
自転車の交通事故の減少、あるいは歩道での歩行者との事故の防止という観点がほとんどであり、クルマをやめて自転車にという視点は、ほとんどありません。健康にもいいという認識は高まってきたものの、大多数は、いまだ最寄り駅までの足と考えており、その環境改善です。クルマから自転車へという考え方はありません。
世界では、都市の中心部でのクルマ利用を抑制し、自転車の積極活用を図っています。国民も、それがごく自然なことと受け入れています。一方、日本の状況は海外の人から見ると、奇異に映ります。街はクルマ優先に整備されており、ドライバーに歩行者優先の意識は低く、特に自転車の歩道走行に外国人は驚き、呆れます。
2020年の東京五輪に向け、政府は日本を世界に売り込もうと意気盛んですが、このままでは恥をさらすことになりかねません。政府は、“Cool Japan”だと思っていますが、こうした点では“Fool Japan”と言われても仕方がないでしょう。海外から見て“Fool”な部分を、もっと意識すべきではないでしょうか。
小池都知事が、2020年東京五輪で都が整備する競技施設の見直しを検討しています。ぜひ見直すべきですね。