カナダの首都は、オンタリオ州のオタワですが、トロントが同じオンタリオ州の州都であり、都市圏の人口は590万人、アメリカを含めた北米でも4番目の大都市になります。トロントは商都として、カナダ経済の中心であり、カナダ企業だけでなくグローバル企業なども集まる大都会です。
そのトロントに、最近話題になっているサイクリストたちのヒーローがいます。 トロント市警察から嘱託を受けて駐車違反を取り締まる、
PEO( Parking enforcement officer )と呼ばれる
駐車執行官のカイル・アシュリー(Kyle Ashley )さんです。
彼は、市内を一日140キロ以上走り回り、自転車レーンをふさいで違法駐車している車両に対し、一日何十枚もの違反切符を切ります。Twitter で駐車車両の違反情報を取得したり、その写真を投稿するなどして、啓発にも努めています。主に自転車レーンの駐車違反を取り締まる、まさにサイクリストの味方なのです。
それまでは、自転車レーンへの駐車違反に対し、警察が対処しているとは思えない状態でした。自転車に乗る市民は、警察に対して取締りを請願したり、SNSなどを通じてアピールしていたものの、違法駐車は一向に減らず、自転車レーンはあちこちで違法車両にふさがれていました。
アシュリーさんは、そうした状況を認識しており、サイクリストのコミュニティに大きな不満があることも知っていました。そこで上司に直談判し、主に自転車レーンを巡回して取り締まる駐車執行官、トロント警察初のバイクレーンPEOとして活動することにしたのです。そのために自転車の訓練なども受けました。
この取り組みは、各方面で話題となり、大きな評価を得ました。もちろん市内のサイクリストから敬意を表される存在となりました。一方で、宅配便業者などのトラックには不満がたまり、一番失職させたい駐車官と言われるなどしましたが、その抵抗に怯むことなく、業務を執行し続けたのです。
FedExや、UPSといった運送業者のトラックは、自転車レーンをふさぐ車両の常連でしたが、特に多かったのが、カナダポスト、カナダ郵便公社のトラックでした。以前は政府機関でしたが、今はカナダで言うクラウン企業、国が株主の企業となっており、郵便だけでなく、荷物などを運ぶ物流企業でもあります。
公社という立場もあってか、配達のためには、自転車レーンに駐車するのもやむを得ないと言わんばかりの姿勢に多くの自転車乗りの反感を買っていました。公社の上層部も、暗にそれを認めるかのような発言をしていたと言います。しかし、アシュリーさんは、同じ政府系のカナダポストにも容赦はしませんでした。
当然、ドライバーからは反発も起きましたが、ここで役立ったのが、Twitter です。カナダポストが我が物顔でレーンを占拠している写真などを投稿し、違反車両によって自転車に乗る市民が危険にさらされていることを示したのです。市民は圧倒的に支持しました。
確かに、カナダポストは物流を支える企業です。市民もいろいろな形で恩恵を受けています。しかし、だからと言って法律違反をしていいことにはなりません。自転車レーンに駐車するのが一番効率がいい場合もあるでしょうが、だからと言って法律違反が許されるわけではありません。
今まで、なかば黙認されるような形になっていたのが問題であり、このままでいいことにはなりません。もし、どうしても問題になる箇所があるのであれば、それは荷捌きスペースを設置するなり、違反せずに済むよう対処すべきです。法律違反を認めることを正当化するのは間違っています。
実際問題として、全ての道路に自転車レーンがあるわけではありません。多少遠くはなっても、いくらでも停められます。例えクルマ用のレーンが片側二車線あっても、ドライバーは、当然のように自転車レーンをふさいで駐車します。他の車両には気を使っても、自転車は無視です。この点も問題でしょう。
結局、カナダポストの経営陣も世論の突き上げを受け、ドライバーが自転車レーンをブロックする行為をやめさせ、それ以外の安全な場所に駐車させるようにすると表明する事態となりました。自転車レーンについての市民の懸念を理解する、と完全に非を認めた形です。
アシュリーさんの活動の成果と言っても過言ではないでしょう。彼の駐車違反の摘発業務と、それをSNSを通じて啓発した活動は、自転車に乗る市民からの敬意だけでなく、市の職員などの関係者の支持や、政治家からも大きな賞賛を受けました。多くのトラックドライバーも、不満を言うのは筋違いだと理解したことでしょう。
当のアシュリーさんは一躍、時の人となり、多くのメディアからも取材を受けています。しかし、彼は単に駐車違反の摘発という仕事において、偏りを矯正し、効果的に仕事をしようとしただけと謙虚です。もちろん、ヒーローになるなんて思いもよりませんでした。ただ、奉仕すべきは公社ではなく市民だというだけです。
ところが先月、新たな展開が起こりました。なんと、アシュリーさんが駐車官の仕事から、郊外のチケットセンターに異動になったというのです。自転車レーンが再びブロックされ放題の状態に戻るのでは、とサイクリストのコミュニティでも大きな話題となり、不安と不満の声が高まりました。
市民の不満を受けて取材したメディアに対し、PEOの本部は、アシュリーさんを組織内のコミュニケーションの指導のため、異動させていると発表しました。そして、先週になって事の真相がわかりました。アシュリーさんが駐車官の仕事に復帰するとともに、新たに2人の自転車レーン専任の駐車官が配属されたのです。
自転車レーン専任の駐車官が増強され、3人になったわけです。市民の疑問や不満も解消しました。PEOの本部は、アシュリーさんの仕事を評価すると共に、さらに増強すべきだと判断し、そのための一時的な措置だったわけです。これから、さらにトロント市内の自転車レーンへの違法駐車が減っていくことが期待されます。
当然ながら、アシュリーさんの業務執行は、それを認めた上司やPEO本部の判断があって出来たことです。結果、市民だけでなく、市職員や政治家などからも広く支持され賞賛されたのに、わざわざアシュリーさんを異動させて市民の反感や不興を買うとは思えません。
多くの市民は、どこかからか圧力がかかったのかと思ったことでしょう。しかし、さすがにこれだけ世論に支持された取り組みを止めるのは無理があります。実際は、新任のスタッフの教育訓練、ノウハウの伝授のため、一時的にアシュリーさんに手伝ってもらったわけです。
前回、SNSが普及し、社会的に大きな影響を与える事例が増えていると書きました。自転車レーンの違法駐車をなくすための、市民の草の根の活動も取り上げました。このトロントの事例は、市民の気持ちを汲み取った駐車官がいた幸運があったとは言え、SNSの威力を示す典型例と言えるのではないでしょうか。
世界各地の都市で、自転車レーンに平気で違法駐車をしている車両に危険にさらされ、憤り、不満を感じているサイクリストは大勢いるに違いありません。トロントは幸運な事例と言えますが、SNSの力によって、市民の声は、これまでより警察や駐車官、行政の耳にも届くようになっていくはずです。
諦めの境地に達していた人も多いと思いますが、トロントのような事例が、他でも起きないとは限りません。SNSの力によって、行政が変わったこの事例は、他の都市のサイクリストにも希望を与えるでしょう。むしろ、行政はますます市民からの圧力を意識せざるを得ない時代になっていくに違いありません。
未だ強い勢力を保つ台風5号、停滞したりゆっくり進むので被害が広がっているようです。九州はまた大変です。
Posted by cycleroad at 13:00│
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