
クルマをガソリン車やディーゼル車から、電気自動車(EV)へ転換しようという世界的な動きのことです。当然ながら、その背景には地球環境への懸念があります。
温暖化ガスの排出を減らすため、CO2を出さない電気モーターを使ったクルマを開発・普及させようという考え方です。
フランス政府は、温室効果ガス削減を掲げたパリ協定の遵守のため、2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針を表明しました。フォルクスワーゲン社の排ガス不正問題で揺れたドイツも、30年までにエンジン車全廃の決議を連邦議会で採択しています。
イギリス政府も同様の方針を発表しましたし、オランダ、ノルウェー、スイス、ベルギー、スウェーデンも、それぞれ25〜50年までの全廃を掲げています。パリ協定から離脱したアメリカも、カリフォルニア州が45年までの化石燃料全廃を打ち出すなど、州単位ではEV化を指向するところもあります。

特にヨーロッパでのEV化の流れは、もはや規定路線となっているわけですが、そんな中、先週イギリスでは、ある報告書が
議会に提出されました。
イギリス下院の
科学技術委員会の報告です。この報告では、EVシフトが、イギリス政府が考えているような温暖化ガスの排出削減の解決策にはなりえないと明言しています。
イギリスが、EUからの離脱を目指しているからEUの方針に反発しているのではありません。純粋に科学的な見地から、温暖化ガス排出削減目標を達成するための技術を検討したものです。その中で、EVシフトは温暖化ガスの排出削減にならないと言うのです。
温暖化ガスの削減のためには、産業や住宅、消費などさまざまな分野での対策が必要です。その中で輸送部門は、現在イギリスで最大の排出部門となっており、対策は急務です。しかし、既存のガソリン車やディーゼル車をEVに置き換えるのでは、対策にならないと言います。その理由は、いくつかあります。

ガソリンを電気に置き換えれば、少なくともその場では、CO2を排出しません。しかし、その電気を発電する際には、温暖化ガスを排出することになります。
もちろん、再生可能エネルギー、太陽光や風力で発電できれば、問題はありません。しかし、太陽光や風力で効率的に発電出来る立地場所には限りがあります。
現在、エンジンで動いているクルマのエネルギーを全て電気で代替するとしたら、膨大な量の電力が必要になります。全てを再生可能エネルギーでまかなえるような量ではありません。その場で燃料を燃やす分を発電所で燃やすことになり、いったん電気に置き換える非効率や、送電によるロスも発生します。
EVに全面的にシフトすれば、どうしても火力発電などが必要になるのは明らかで、温暖化ガスの削減にならないのです。走行時だけでなく、車体の製造段階で発生する温暖化ガスも無視できる量ではありません。報告書では、そもそも個人がクルマを広範に所有している状態に問題があると指摘しています。

平均して1人か2人しか乗車していないクルマでの移動は、排出削減の点でも大きな無駄です。
個人がクルマを所有し、たくさんのクルマが走り回っている状態こそ問題であり、大量使用そのものを止める必要があると指摘しています。EVにするのは意味がなく、そもそもクルマを減らすべきなのです。
人間一人あたりのクルマが大きすぎるのも問題です。クルマが減れば、車体の製造段階で排出される温暖化ガスも減らせます。カーシェアや、鉄道などへのモーダルシフト、公共交通機関の利用、そして徒歩や自転車の利用を進めるべきと指摘しています。
もちろん、全てを自転車などで代替できるわけではありません。しかし、自転車で済む移動をクルマにすることが、大きく排出を増加させます。このことこそ問題であり、エンジンをモーターに変えても意味がありません。それを、さも解決するかのようにアピールするのは、無責任極まりないと言わざるを得ません。

報告書では、EVのバッテリーに必要な希少鉱物が急速に不足している問題も指摘しています。ネオジム、ジスプロシウム、コバルト、リチウムなどです。
供給が、治安や労働者の権利などに問題がある国に偏っていることも懸念されます。EVシフトでバッテリーの生産が拡大すれば、まかなえない可能性があります。
EVを家庭用の電源で充電するのでは時間がかかります。急速充電しようと思ったら、さらに多くの電力が必要となります。充電施設などのインフラ整備もネックと言われていますが、その前に発電所の不足が問題となるでしょう。普通の充電でも足りないのに、利便性を追求すれば、さらに電力は不足します。

例えば、アメリカ・テスラ社が発表した電動トラックは、30分間の急速充電で約640kmの走行が可能だそうです。
しかし、そのためには1600キロワットの電力が必要となり、たった1台の充電に住宅4千戸分が使うのと同量の電力が必要になる計算だと言います。もちろん乗用車でも急速充電には相応の電力が必要です。
つまり、EVを実用的に使うためには莫大な電力が必要となり、電力が圧倒的に不足してしまうと言われています。特にトラックなどのEV化は、実用的な航続距離にするために、相当な重量のバッテリーが必要になり、橋などの耐久重量などを満たすと、積める量が僅かになるとの指摘もあります。

ちなみに、EVになれば、ディーゼル車のようにPM2.5の粒子を出さないというメリットが指摘されますが、実はそうした粒子は、ディーゼル車の排気だけが原因ではありません。
別のイギリスの調査では、タイヤの摩耗により発生した微粒子も、人間の健康に有害な影響を与えていることが報告されています。
タイヤのゴムや、素材に含まれている物質の微粒子が、タイヤと道路の摩耗で生まれ、ホコリとして堆積し、それが舞い上がるのだそうです。クルマの動力が何かに関係なく、クルマの重量が増えるにつれ、この微粒子による汚染も悪化します。これも重いクルマで移動する大きなデメリットです。

ヨーロッパ各国政府が打ち出すEV化、化石燃料のクルマの全廃の方針を聞いていると、将来は全てEVになるのかと思ってしまいます。
もちろん、各国政府はそれを目標としているのでしょう。しかし、実際には、世界のクルマが全てEVになるというのはナンセンスでしょう。
欧米各国のシンクタンクや研究機関等によれば、2030年時点でEVは多くても全世界の8%程度、しかもその3分の1以上は中国で販売されるものと予測しています。2040年でもEVは全体の14%は超えず、内燃機関エンジンを搭載したクルマが依然として85%を占めるといった予測が多くなっています。
ハイブリッド車などは増えると思われますが、それでも2040年時点で半数は純粋にエンジンだけで走るクルマと予測されています。中国は、2050年までに国内の原子力発電所を100基体制にする計画だと言いますが、他の国で発電所を増やすのは容易ではないはずです。

もちろん、今後も各方面の技術は進歩していくでしょう。技術改革が手伝って、現時点での予測よりEVシフトが進む可能性はあります。
しかし、ヨーロッパ各国政府の打ち出す、完全EV化というような目標はナンセンスと言わざるを得ません。そもそも温暖化ガスの排出削減にならないのですから無責任ですらあるでしょう。
政府が打ち出す政策は、科学的見地よりも政治的な要素が絡みます。事実に基づいてであっても、クルマ産業が衰退するような方針を示せないこともあるでしょう。雇用も失われますし、経済的にも問題です。しかし、温室効果ガス削減が、EVシフトによって達成されるように見せかけるのは問題でしょう。

イギリス下院の科学技術委員会の報告書は、EVシフトは排出削減対策にならないと、当たり前のことを指摘しています。それよりも公共交通機関や自転車インフラに投資すべきと提言しています。
自転車にシフトするならば、資源も節約できますし、重量も軽く、温暖化ガスも排出しません。
電動アシスト自転車にしたとしても、必要なバッテリーは、EVの1/250といったレベルで済みます。渋滞を減らしたり、健康にいいというだけでなく、温暖化ガスの排出削減のためにも、もっと積極的に自転車へのシフトを考えるべきなのです。
今回のイギリス下院技術委員会の報告書のような、至極真っ当な意見が、広く認知されていくかはわかりません。業界の利害関係や、政治的な思惑もあります。しかし、いずれEVシフトの限界は明らかになることでしょう。EVシフトではなく、むしろ自転車シフトが進んでいくことになるかも知れません。
アマゾンの森林火災は、地球の酸素供給には差引ゼロで直接関係ないという科学的見地も無視されてますね。