September 01, 2019

自転車に乗れば休みが増える

日本人は働きすぎと言われています。


1988年の改正労働基準法の施行を契機に、労働時間は減少傾向にありますが、2016年の日本の就業者の平均年間総実労働時間は、1,713時間となっています。これに対し、例えばドイツでは、1,363時間です。先進諸国では長い部類に入るのは間違いないでしょう。

また、よく言われるように休みを取りません。日本の有給休暇の取得率は低く、世界の主要19ヶ国を対象にした昨年の有給休暇・国際比較調査では、3年連続の最下位となっています。フランス、スペイン、ドイツ、ブラジルといった国がほぼ100%なのに対し、日本は50%、最少の10日間しか取得していません。

日本人が有給休暇をとらない理由の第一位は、人手不足です。自分が休むと周囲に迷惑がかかるということなのでしょう。2位は緊急時のために取っておくというものです。3位は仕事する気がないと思われたくないという理由でした。むやみに有給休暇をとれないような雰囲気があるのは間違いなさそうです。

では、なぜドイツでは100%取得できるのでしょうか。実は、ドイツの場合、病欠は有給休暇日数から差し引かれないのです。病気になるのは従業員のせいではないためという考え方です。医師の証明書等の提出が必要になりますが、少なくとも病欠のために有給休暇をとっておく必要はないのです。

Stefan GelbhaarStefan Gelbhaar

逆に、医者が認めれば、手術後のリハビリなどのための温泉療養等の休暇も与えられます。労働組合や健康保険組合によっては、子供の病気の場合などにも休むことが可能です。有給休暇は労働者の当然の権利であり、休むのは当たり前、日本と違って権利意識が高いことが背景にあります。

ドイツの年次有給休暇は最低24日、会社によってはそれ以上の有給休暇がとれます。さらに法律で、労働時間貯蓄制度というものが定められています。これは残業した時間を貯金するように貯めておき、ある程度たまったら、有給休暇に振り替えることが出来る制度です。

ヨーロッパでは、3週間程度バケーションをとるのは当たり前ですが、もともとの有給休暇に加えて休暇を伸ばしたりすることも出来るわけです。残業で余計に働いたら、そのぶんを別の日に休むのは当然という考え方です。日本と、平均の年間労働時間が350時間違ってくるのも当然と言えるでしょう。

さて、そんなドイツで今週、政治家のある発言が話題になりました。ドイツの緑の党の、Stefan Gelbhaar 議員が連邦議会で、自転車で通勤するサイクリストには、休暇を1日を増やすことにしようと提案しました。もちろん、現在認められている有給休暇に加えてです。

Mit dem Rad zur ArbeitMit dem Rad zur Arbeit

その理由は、自転車で通勤している人は、そうでない人に比べて病気になる頻度が低く、会社を病欠する日数が少ないからというものです。有給休暇取得日数は同じでも、病欠の休みが少ないので、年間の労働日数が明らかに多くなっているというのです。ドイツ環境局の調査やオランダの研究などを根拠としています。

プラス1日の休暇が、どれほど自転車通勤の動機になるかはわかりません。でも、少なくとも自転車通勤してもいいと考えている人の背中を押す効果はあるでしょう。自転車通勤、すなわち運動をすることで、心臓病や脳梗塞、生活習慣病などのリスクを下げる効果があることは、広く認められています。

自転車通勤を始めたからと言って、あまり変化は感じないかも知れません。しかし、1年もしたら、そう言えば風邪をひかなくなったとか、体重が減った、健康診断の結果がよくなった、などの効果を感じる人も出て来るに違いありません。たしかに病欠も減りそうです。

1人分の違いは僅かであっても、健康な人が増えるぶん、全体としてみれば医療費などを低減し、国が補助する予算を減らす効果も期待出来ます。保険会社などにも恩恵が及ぶでしょう。自転車通勤をする人が増えていけば、道路の混雑が減り、大気汚染が少なくなることにもなります。

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さらに、具体的な効果は証明しにくいですが、メンタル、精神的な面での健康効果も見込めることが、数々の研究で明らかになっています。仕事上のストレスが減ったり、より仕事がはかどる、やる気が向上したなど、効果を感じる人が少なくないのも調査でわかっています。

ドイツの連邦労働安全衛生研究所(BAuA)によれば、2017年の1年間にドイツの労働者の病欠により、760億ユーロの生産損失、1,360億ユーロの総価値創造損失があったと推定しています。病欠日数が減らせれば、ドイツのGDPを増やすことにもなるわけです。

これまでにも、自転車通勤を推奨するための、海外のいろいろな事例を取り上げてきました。金銭的なインセンティブを与える実験をはじめた、オランダの自治体も取り上げました。自転車通勤者に、無料のビールとか、アイスクリーム、映画のチケットなどを提供するイタリアの地域もありました。

そのほかにも、自転車用品などが抽選で当たるプログラムとか、地域の商業施設とタイアップした特典や、さまざまな仕組みを整備した都市もあります。各地で自転車通勤を増やそうという取り組みがあるわけですが、インセンティブとして休暇というのは初めて聞きました。なかなか面白い試みだと思います。

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当然ながら反論もあります。「自転車には乗らないけど、バランスの取れた食事に注意を払う人はどうなるんだ?」「1日に2箱もタバコを吸う太り過ぎのサイクリストもいるだろう。」 といった意見もあります。屁理屈のような気もしますが、議会ですから、政党間の対立もあるのでしょう。

たしかに、自転車通勤をする人に休暇を1日増やすというのは大胆な提言かも知れません。ただ、自転車通勤する人が増えて、健康になって病欠が減るならば、本人だけでなく雇用主、政府、保険会社、さらには自転車に乗らない人にも道路混雑の減少などのメリットがあり、誰も損しないのではないかと評価する声もあります。

これが東京のように鉄道網が発達し、地価が高いため郊外から長い距離を電車で通勤する人の多い都市では、なかなか自転車通勤には踏み切れないでしょう。しかし、平均15キロ程度の通勤距離に住み、クルマで通勤する人が少なくないドイツの都市では、十分に現実的な施策と言えそうです。

日本でも、働き方改革が叫ばれています。労働者の処遇の改善や労働生産性向上、柔軟な働き方の環境整備、多様な人材の活躍ほか、課題は多岐に渡り、長時間労働の是正だけが問題ではありません。しかし、日本人も、もう少し労働時間を減らし、休暇をとってもいいのではないかと思います。

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ドイツは、日本より労働時間が350時間少ない一方、国民1人当たりのGDPは日本より18%も多くなっています。単位時間あたりの労働生産性では、日本より55%も高いのです。長い労働時間を減らすだけでは問題は解決しませんが、やはり働き方を考える必要はあるでしょう。

ドイツでは、労働時間貯蓄制度のように、残業代を稼ぐために労働者が長時間労働をするインセンティブをなくす方向に改革されてきました。日本のように組織が過剰に階層的でなく、権限委譲が徹底しているため、無駄な会議が少ない、承認や根回しに時間をとられないなど、日本とは労働環境がいろいろと違います。

日本人とは労働者の権利意識も違いますし、その基盤にある労働倫理や社会規範、国民的コンセンサスから歴史的背景、会社の経営に対する考え方や仕組みまで、非常に多くの点で根本的な違いがあって、単純に見習うのは困難です。有給が1日増えても、とれなければ意味がありません。

ただ、これから日本の労働人口が減少していく中で、労働生産性の改善は避けて通れません。ドイツが参考になるところもあるはずです。働き方改革は別にしても、自転車の活用が、実は広範に効果があると理解され、政治レベルで議論に上がる点についても、注目すべきではないでしょうか。




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この記事へのコメント
こんにちは。

自転車通勤が増えれば、道路環境も改善せざるを得なくなっていい方向に向くでしょうね。
日本人は時間の使い方が非常に下手だと思います。休むなら働いている方が楽だという人も多いんではないでしょうか。
フランスを自転車一人旅をしてきたときは、キャンプ場の洗濯物を見て感心しました。また、車のルーフには自転車が必ず積載されていましたね。フランス人はバカンスの過ごし方が上手です。
金持ちもそうでない人もうまく工夫していて文化の違いを感じました。ローカル列車には自転車をそのまま載せられるし自転車には天国のような国でした。
Posted by 輪行菩薩 at September 02, 2019 15:09
輪行菩薩さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
日本人は伝統的な勤労意識もあって、あまり休みをとらないのは確かでしょうね。
バカンスにも馴染みが薄いですし、おっしゃるように休み方も下手だと思います。
ただ、残業代を稼ぐというような、制度的な面も大きいと思います。労働生産性が大きく劣っているのも、そうした仕組み的な影響は否定できないでしょう。
長時間労働の是正そのものより、その根底にある制度的な部分を見直していけば、日本人ももっと休むようになる気がします。
Posted by cycleroad at September 04, 2019 14:51
 
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