メッシを擁する名門チーム、FCバルセロナを思い浮かべる人が多いかも知れませんが、サッカーの話ではありません。“
superblocks”という計画に基づく都市の改造が、目に見える形となってきており、その効果に、世界の都市計画の関係者の注目が集まっているのです。
現代の都市は、ベネチアのような一部の街を除いて、ほぼ例外なくクルマが通れる道路が、隅々まで網の目のように張り巡らされています。出発地から目的地まで、ドアツードアで移動できるのがクルマの利点であり、そのために道路が整備されてきました。モータリゼーション拡大の流れからすれば、当然です。
しかし、このいわば常識だった都市の構造に疑問を持ち、変えていこうというのが“、
superblocks”です。ここでいうブロックは、街区、区画のことです。交差点から次の交差点までの間をワンブロックと言ったりしますが、そのブロックです。これをいくつかまとめて、大きなスーパーブロックにしようという構想です。
例えば、図のような9ブロックを1ブロックにします。ブロックの中の道路は、原則クルマを通行止めにします。その車道部分は、歩道を広げたり、緑化したり、ベンチなどを置いて市民の憩いのスペースにしたり、公園や子供の遊び場にしたり、自転車レーンを設置したりします。
碁盤の目でない場所もあるので、必ず9ブロックというわけではありません。もっとたくさんのブロックを集めて大きなブロックにする場所や、ブロックが正方形ではなく、三角や台形など他の形になる地区もあります。要は、クルマの通る道路を限定することで、その他の
道路は歩行者や自転車用にしようというのです。
ブロック内の道路は、言ってみれば常設の歩行者天国のようになります。クルマは原則通れませんが、その地区の居住者のクルマなどに限り、通行が認められます。しかし、速度は時速10キロ以下に制限され、歩行者天国をゆっくり通してもらうような感じになります。
一般のクルマは以前のようには通行出来なくなり、スーパーブロックの外の道路へ迂回するしかありません。ドライバーは不便になります。しかし、そもそもここまでクルマ優先、クルマ本位の都市にする必要があったのかという視点に立てば、これで十分という考え方も成り立つでしょう。
交通量は21%ほど減ります。クルマの利用が不便になるので、外部から流入するクルマも減るでしょう。そのぷん路面電車も含めた公共交通を使い、歩く人、自転車に乗る人が増えます。バルセロナは、以前から自転車の活用を促進してきていますが、さらなる市民の健康増進効果も期待されています。
実は、バルセロナはヨーロッパの他の大都市と同じように深刻な大気汚染に苦しんできました。日本人は、都市の大気汚染と言うと、中国やインドの話かと思いますが、そうではありません。ヨーロッパの大都市ではディーゼル車の割合が高いこともあって、大気汚染やそれによる公害病に今も苦しんでいるのです。
バルセロナは、周辺の35都市と共にEUの環境基準を満たしておらず、一向に改善が見られない状態でした。調査によれば、この大気汚染によって、バルセロナ圏だけで年間3千5百人の人が早死にしている計算になると言います。この深刻な状態への対策から、“
superblocks”が計画されたのです。
スーパーブロックによって、道路の6割が解放され、歩行者用の空間は45%程度増加します。クルマの通行量が減るため、クルマによる騒音レベルも8%下がります。クルマの排ガスによる窒素酸化物は42%、粒子状物質は38%も削減されます。これは大きな数字と言えるでしょう。
もちろん、物流などが阻害され、地域の経済にダメージになることへの懸念もありました。ところが、実際には、徒歩や自転車で通行する人で街は賑わいました。街を周遊する人が増え、人々が滞留することで消費も増え、むしろ経済面ではプラスとなっていると言います。
これが、交通事故死者数を減らすことになっているのも大きな成果と言えるでしょう。市民は、ゆったりと歩いたり、座ってくつろいだり、コミュニケーションをとったり、楽しむ空間を得ました。緑が増え、今までと比べ近隣の人同士の付き合いも増えたそうです。多くの人から好評を得ています。
この計画の利点は、通行止めにする道路が決まりさえすれば、すぐにでも歩行者用の空間が出来ることです。道路をつぶして何かを建てるわけではないので、通行止めに大きな予算は必要ありません。ベンチやプランターを置いても、いくらもかかりません。自治体にとって、低コストで実行しやすい点は魅力です。
まだ計画は道半ばで、全てのスーパーブロックが完成したわけではありません。もちろん、個々の場所には、それぞれの事情や利害関係などもあり、反対する住民もあるでしょう。しかし、多くの市民がこの“
superblocks”を進めた市議会の決定を支持しています。もっと必要だとの声があがっています。
スーパーブロックによって出来た憩いの空間ですが、イザとなったらベンチやプランターなどを撤去し、道路に戻すこともできます。しかし、スーパーブロックになった地区の住民の多くは、もう戻ることは出来ないと言うそうです。多少クルマの利用が不便になる以上の恩恵を感じているのは間違いないでしょう。
考えてみれば、今まで都市はクルマに支配されてきました。クルマではなく、『人間』を優先するべきであることに気づかなくなっていました。たしかに移動効率や物流など、経済的な恩恵もありますが、あまりにクルマ優先が行き過ぎてしまい、交通事故や大気汚染などで人命が失われてきたのも確かです。
都市の空間という貴重な公共財が、平均して1人か2人しか乗っていないクルマ、それも多くの自家用車に占有されています。用のない通過車両も多いはずです。路上に違法駐車するドライバーばかりが恩恵を享受し、歩行者や自転車に乗る人が隅に追いやられて来たのも間違いありません。
ドライバーは幹線道路の渋滞を避けるため、住宅街の道路や商店街まで抜け道として使います。そして、スピードを出してすり抜けるクルマに、人々は命を奪われてきました。何かおかしいと感じ、クルマ優先そのものを疑う方向に行くのも自然な成り行きでしょう。
世界の多くの都市から、このバルセロナのスーパーブロックは注目されつつあります。今まで、クルマ優先で作られてきた都市ですが、決断すれば、すぐにでも人間優先に向けて踏み出せるというお手本を見せてくれています。区画が大きくなる多少の不便を補って余りある恩恵も見えてきました。
これは日本の都市でも十分に可能でしょう。幹線道路は仕方ないとしても、裏通りまでクルマに我が物顔で通らせる必要があるでしょうか。何十年もかけて土地を収用し、道路を拡幅しても、すぐに交通量が増えて、また渋滞するだけです。これ以上、クルマのために尽くす意味があるとは思えません。
裏通りは、居住者のクルマや、ゴミ収集車など必要な車両だけ、必要に応じて低速で通れれば十分だと思います。全く関係のない通過車両の抜け道や、自家用車の違法駐車に使われるくらいなら、住んでいる人、そこで働いている人、訪れる人など、人間のための空間にしたほうが、よっぽど有益ではないでしょうか。
せっかくの道路を、歩行者や自転車専用にするなんて、もったいないと感じる人もあるかも知れません。しかし、クルマ用の道路を増やしてもキリがありません。それよりも、ゆったり人が歩けるスペースを増やしたほうが、都市の魅力を高め、住民の幸せを増やし、事故や公害を減らして有益だという事実が明らかになりつつあります。
クルマは不要とは言いません。しかし、あまりにもクルマ優先で来てしまいました。むしろクルマ用の道路は、減らすべきではないでしょうか。“superblocks”は多くの都市で実施できるはずです。もっと『人間』を優先すべきということに、一人でも多くの人に気づいてほしいものです。
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サウジアラビアの油田施設への攻撃は早く復旧しそうですが、脆弱性が明らかになったのは大きなリスクですね。
Posted by cycleroad at 13:00│
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