いま、世界中の多くの都市が、自転車をもっと活用しようとしています。自転車を都市の移動手段として活用することで、たくさんのメリットがあるからです。多くの都市での慢性的で酷い渋滞では、クルマよりも自転車のほうが、よっぽど速いことも少なくないわけですが、多くの人が自転車を使えば、渋滞の緩和に貢献します。
クルマに比べて、所有や維持のコストが小さいだけではありません。大気汚染や騒音など公害の抑止、温暖化ガスの削減、省エネや環境負荷の軽減、交通事故の減少、ヒートアイランド現象の緩和、道路や駐車スペースなど都市の公共空間の有効活用、さらに市民の健康増進に至るまで、たくさんのメリットがあります。
都市での自転車の活用を進めるためには、いくつか必要な要素があります。当たり前ですが、まず自転車が必要です。住人はいいとして、都市の外部からの通勤者、来訪者など、自分の自転車を持って来られない人もいます。この点に関しては、住人以外でも使えるシェア自転車を導入する都市が増えています。
2つ目には、自転車の走行空間の整備が必要です。都市での自転車の利用で、まず最初に懸念されるのは交通事故でしょう。安全で、自転車で走りやすい環境がないと、利用は広がりません。出来れば誰もが安全、快適に走行できるような自転車レーンの整備がベターです。
3つ目は、駐輪スペースの確保です。トレーニングなどで走るだけなら、駐輪はしないかも知れませんが、移動の手段として使う場合は、どうしても駐輪を伴います。ニーズを満たす駐輪スペースが無いと不便で、利用しにくくなってしまいます。自転車があふれて、通行の妨げにならないことも必要でしょう。
ただ、この駐輪の問題については、スペースの確保以外にも問題があります。盗難です。駐輪出来たとしても盗まれてしまうようでは困ります。日本では、格安ママチャリなので施錠しない人もいるという特殊な環境ですが、海外では、あっという間に盗まれてしまいます。それが現実です。
一般的に、シティサイクルに比べて、相対的に高価なスポーツバイクに乗る人は、固定された構築物などを使って、厳重に施錠して駐輪するでしょう。しかし、それでも盗まれるのが悩みのタネです。このブログでもたびたび取り上げているように、より防犯効果の高いロックなどの開発も盛んに行われています。
オランダなどでは、自転車の盗難が多いため、通勤やふだんの移動には、古くて汚いシティサイクルを使い、週末のツーリングには高性能のロードバイクを使う人が多いと言いいます。たしかに一つの対策ですが、それでは通勤や移動が快適でなく、本末転倒と言わざるを得ません。
自転車盗に悩む人は多いでしょう。アメリカ・ニューヨークで通勤や移動に使っている、Shabazz Stuart さんもその1人です。彼は5年間で3台も愛車を盗まれてしまいました。都市で自転車を使うのは便利で、環境にも、自分の健康にも良いとは言っても、これでは自転車を使えないではないかと頭にきました。
対策として、近年展開されているシェア自転車を使うのも一つの方法でしょう。駐輪ステーションに返せば、盗難は関係ありません。でも、シェアサイクルは、シティサイクルなので、あまり高性能とは言えません。Shabazz Stuart さんは、自分のロードバイクで移動したかったのです。
あまりに盗難の被害が多く、そして高額だと、自転車通勤や移動を断念する人もあるでしょう。しかし、彼は自転車に乗るのを諦めませんでした。自転車盗で困っているのは自分だけではないし、この問題は解決されるべきだと思ったからです。いろいろな方法を考え続けました。
普通だと、新しいロックか、盗難防止装置の開発に向かいそうですが、彼は少し違いました。これだけ盗難が多いのは、世の中に何か足りないのでは、と考えたのです。そして、何年間か考えた末、新しい仕組みを考え出しました。それが、“
Oonee Pod ”です。
“Pod”には、殻とか容器とか、いろいろな意味がありますが、“
Oonee Pod ”は、街角に設置する駐輪用の入れ物、車庫です。この中に駐輪してロックをかけます。出入口は施錠されるので、二重の防犯効果が見込めます。もちろん、防犯カメラもついています。この駐輪場を、会員制で展開するという新しいサービスを考えました。
これならば、屋根もあるので雨にも濡れず、サイクリストには喜ばれるはずです。一般的な、むき出しの駐輪ラックと違って、あちこちに多数は設置できませんが、少し歩いたとしても、盗難される恐れの小さいこの駐輪ポッドを使いたいという人は多いに違いないと考えたのです。
メッセンジャーや、ニューヨークへ自転車通勤している人の中には、都心から離れた郊外から通っている人もいます。地域のコミュニティを通して調べた結果、距離の遠い人は、疲れている時などに、自転車を置いて電車等で帰りたいというニーズも少なくないことがわかりました。
自転車で通勤してきて、オフィスの中へ愛車を持ち込める人ばかりではありません。就業中、ずっと路上に駐輪しておくのは賢明とは言えません。“Oonee Pod”にとめておけば、安心出来ます。特にニューヨークのような盗難の多い街では、少しの間、例えば昼食をとる間でも、安心して駐輪したいサイクリストは多いに違いありません。
さらに、ニューヨークの各所にあって、どこでも使えれば便利になります。勤務先だけではなく、あちこち移動する人にとっては、ありがたいサービスになるはずです。日本の場合、自宅の最寄り駅にしか駐輪しない人が多いですが、自転車を交通機関として使う場合、どこかに駐輪場所が限られないのが普通です。
Shabazz Stuart さんは、日本に機械で地下に格納する大規模駐輪場があることを知っていました。しかし、それでは建設費も高く、現実的ではありません。建設できる場所も限られます。“Oonee Pod”は、ユニット式になっており、1日もかからずに簡単に設置できます。大規模な基礎工事なども必要ありません。
必要に応じて、撤去したり移転させることも出来ます。外側には広告を入れることで採算性を高め、サイクリストには利用しやすい安い会員料金で提供できます。場所によっては、飲料などを売るスタンドを併設したり、ベンチを設置するなど、街に馴染んだ施設として親しんでもらうことも考えています。
ドアのロックの開錠はカードキーやスマホを通して行うので、管理人は必要なく人件費もかかりません。最近増えている電動アシスト自転車のため、充電用の電源を備えたり、空気ポンプを用意するなど、単なる駐輪ラックとは違う高機能な駐輪スペースを提供できます。そのほかにも、いろいろな展開を考えています。
ちなみに、ニューヨークには、歩道に日本のようなガードレールがありません。電柱も地下埋設なのでありません。私もニューヨークで自転車に乗っていたことがあるので実感がありますが、自転車を駐輪しようにも、ロックする構築物があまりないのです。信号の支柱はありますが、交差点なので通行人の邪魔となって使えません。
街路灯も東京などと比べると少ないと思います。街路灯を使ったとしても、駐輪できる台数はせいぜい2台です。たまに、交通標識の支柱などがありますが、利用できる構築物は、東京などと比べたら大幅に少ないと思います。盗難の恐れが大きいこともあって、実際に街角に駐輪されている台数は、かなり少ないと思います。
ニューヨークでは、街路樹などの保護のため、立木に自転車を固定してはいけないという決まりがあります。地下鉄入り口の柵なども罰せられると言います。もちろん、駐輪用ラックなどが用意されている場所もありますが、その数は限られており、意外に駐輪しにくいのです。この点でも、“Oonee Pod”はニーズがありそうです。
ちなみに、“Oonee”は、日本語のウニから来ています。そう、寿司ネタにも使われるウニです。英語でウニのことは、“sea urchin”と言いますが、日本を訪れて、日本では「ウニ」というのを知っていたので、この名前にしたそうです。ローマ字だと“Uni”ですが、向こうの発音だと“oonee”になるのです。
日本の寿司屋で食べた、軍艦巻きから連想したのかどうかはわかりませんが、日本の寿司ネタの中では、高級で大事にされていると感じたようです。いいイメージがあったのでしょう。ちょっと日本人には違和感のあるネーミングではありますが、ユニークです。
まだ設置場所は限られていますが、今後増やしていきたいと考えています。地元企業、商業施設、土地の所有者や、自治体の都市開発担当者などとも協議を進めています。人が集まる場所、お客に便宜を供用したい事業者などにも、設置のメリットはあるはずです。クルマ2台分程度のスペースがあれば、どこでも設置可能です。
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これは、なかなか面白い試みだと思います。日本では、まだまだ自宅と最寄り駅往復の人が多いので、ニーズは限られると思いますが、都心へ直接自転車通勤する人も増えています。一部では、自転車通勤者用の自転車預かり施設なども出来始めていますし、勤務先に駐輪できない人などの需要はありそうです。
一般的に、駐輪場は駅前などに行政が設置するか、商業施設など人が集まる場所に設置されます。しかし、もっと広範に駐輪需要はあると思います。盗まれる危険の少ない駐輪場所というのも、特に相対的に高額な自転車に乗っている人を中心に、ニーズがあるはずです。
その意味でも、“Oonee Pod”のような、駐輪場のサブスクリプションサービスというのは面白いと思います。宿泊、オフィス、自転車、クルマの相乗りなど、シェアリングエコノミーも広がっています。今後、この駐輪場シェアがどうなっていくか、他の都市へも波及するか、自転車の活用を広げていくか、注目されます。
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ついにイギリスがEUから離脱しましたが、はたして今年末迄に貿易協定をまとめて大混乱を防げるのでしょうか。