とくに市街地などの道路には、サイクリストにとって多くの危険が潜んでいます。同方向へ走るクルマとの距離、左折車や路地・駐車場から出てくるクルマ、客を見つけて急に路肩に寄って止まろうとするタクシー、逆に急に発進するクルマもあるでしょう。
他の自転車や歩行者にも注意が必要です。横断歩道でない場所で、突然道路を横断しようとする歩行者もいます。路地から飛び出したり、歩道から突然車道へ出て逆走する自転車もあります。走行する路面の舗装の破損とか穴、落下物などにも注意しなければなりません。
忘れてはならないのが、路上駐車しているクルマです。突然ドアが開いて、人が降りてくる可能性があります。タイミングによっては、人やドアと激突しかねません。あらかじめ間隔を保って通過しようとすると、後続車からクラクションを鳴らされたりすることもあるのではないでしょうか。
この駐車したクルマのドア・オープンについては、世界中で問題視されています。自転車の歩道走行が多い日本では、比較的話題になることが少ないですが、世界では、この問題を一般的に“Dooring”と呼んで交通安全上の大きな課題と捉えられています。毎年、多くの事故が起き、サイクリストが死傷しています。
交通事故が発生した時に、クルマと自転車が絡む事故とは分類されても、その原因や状況までが記録されるとは限りません。つまり、発端は“Dooring”だったとしても、そう記録されるとは限らないため、“Dooring”による事故がどれほど起きているか把握するのは困難です。しかし、相応の割合に上るのは間違いありません。
ドアや降りてきた人と衝突するだけではありません。むしろ、避けようとして他のクルマに轢かれる事故が少なくないのです。突然ドアが開けば、反射的に衝突を避けようとしてしまうのは避けられないでしょう。避けようとして転倒したり、衝突して道路の中央側へ投げ出され、別のクルマに轢かれてしまうわけです。
この動画を見れば、一目瞭然でしょう。動画のタイトルに“Lucky Cyclist on Mile End Road”とありますので、イギリスはロンドンのマイルエンド地区の道路で、クルマの車載カメラで撮影されたもののようです。イギリスはクルマが左側通行なので、日本人が見ても実感が湧きやすいと思います。
写真は、右側通行のアメリカのものですが、海外では自転車レーンが駐車帯よりも中央側に設置されている道路も少なくないため、違法駐車ではないクルマが延々と路上駐車していたりします。そして、ドアが開くのは、いま止まったばかりのクルマだけとは限りません。
“Dooring”は、世界中の多くの都市で、とてもポピュラーかつ有害な自転車の事故なのです。当然ながら、多くの国で、安全確認をせずにクルマのドアを開けたり、降りることを禁止しています。これは単なるマナーとか注意啓発ではなく、法律で降車の前の安全確認を義務づけているのが一般的です。
グローバルに人が行き交う現代では、道路交通に関するルールは重要です。行った先でルールが全く違っていたら危険なのは明らかです。ある程度、ルールを共通にするため、通称ウィーン交通条約ほか、いくつかの条約があって、多くの国に批准されています。ここに、降車前の安全確認も含まれています。
安全確認はドライバーの責任です。法律の条文を知らなくても、その危険や起こりえる結果は容易に想像がつきます。しかし、法律で義務とされていても、実際には、そのことを意識していないドライバーも多いのでしょう。うっかり忘れてしまう人も多く、事故は絶えません。
この対策として、過去にこのブログでも取り上げましたが、“Dutch Reach”と呼ばれるシンプルな方法があります。
「クルマを降りる時には、ドアから遠いほうの手で、ドアハンドルをひく」というものです。日本で右ハンドルならば、左手でドアを開けるようにするわけです。
(右の画像は日本向けにわかりやすくするため、オリジナルを左右反転しています。)
逆側の手で開けることで、自然と身体をねじって後方を見る姿勢になります。後方から自転車や後続のクルマが来ていないか見えます。つまり、ドアを開けても安全かどうか、自然と確認する形になります。これを習慣にしてしまえば、いちいち意識していなくても、安全を確認するようになるというわけです。
ちなみに、ドアミラーで確認するのは視界が狭いですし、ドアミラーはドアについているので、ドアを開けるとミラーの角度も変わってしまいます。どうしてもドアを開けながらミラーを見る形になりがちなのも、死角を増やします。身体をねじって、後方を直視させるのが“Dutch Reach”なのです。
“Dooring”によって多くの死傷者が出ています。国によって違いますが、これによる数百とか数千という死傷者が恒常的に発生している状況を改善しようと、世界各国で“Dutch Reach”が呼びかけられています。ただ、それでも現実としては、この種の事故が無くなりません。
おそらく日本のドライバーの多くは“Dutch Reach”を知らないでしょう。たまたま知ることがあって、なるほどと思ったとしても実践する人は限られます。最初は実践していても、そのうち忘れてしまいます。なかなか徹底されないのは、世界各国共通かも知れません。
死傷するのは他人、サイクリストであり、自分の身に及ぶという実感がないため、あまり真剣に考えない人も多いに違いありません。しかし、いったん死傷事故を起こしてしまえば、当然その責任は自分の身に及ぶわけで、ドライバーとしても決して他人事ではないのです。
こうしたクルマの安全上の問題の解決を、ドライバーの自覚や努力に求めるのは無理があるのも事実でしょう。人間の注意力や記憶力は、そこまで期待出来ません。いつも気をつけていて、“Dutch Reach”を習慣にしていても、つい、うっかりということも起こりえます。
そこで、クルマの構造的な欠陥、あるいは安全面の不備と捉えて、いくつかのクルマメーカーや技術開発企業が先進的な安全支援システムを開発しています。いくつか進められているようですが、フォード社の取り組みが最近報道されています。
センサーによって、クルマの後方から接近する自転車やオートバイを検知し、ミラーに取り付けられたLEDとアラームで、ドアを開けようとするドライバーと、後続の自転車等に警告をします。現在開発中で、まだ装着は出来ませんが、将来は警告だけでなく、ドアをすぐには開かないようにする仕様も検討されています。
自動運転のクルマが完成しようかという時代ですから、技術的には十分に可能でしょう。センサーやカメラで障害物を検知して、自動でブレーキをかけるシステムも一般的になってきています。ブレーキ作動ではなく、光と音で警告するくらいなら、すぐにでも実装出来るのではないでしょうか。
クルマのユーザーの中には、ここまで必要ないとか、車両価格が上がると敬遠する人がいるかも知れません。しかし、事故を起こせば自身に責任が及ぶわけで、それを防ぐ有力な手段となるはずです。エアバッグが作動するような事故よりも、こちらが作動する機会のほうが多いかも知れません。
サイクリストが、意図せずドライバーの死角に入ってしまう可能性もあります。例えば、前方のクルマが進路をふさいでいるので、進路変更するような場合です。クルマの真後ろから、道路の中央方向に進路変更するならば、ドライバーから見て、突然後方に現れたような形になりえます。
ドライバーが後方確認したとしても、タイミングによっては死角になって、ドアを開けてしまうかも知れません。何か別のものや電話、助手席の人との会話などに、つい気を取られて、安全確認がおろそかになる場合だってあるでしょう。そうしたミスを防ぐためにも、機械的な安全装置を備えておく意義は大きいはずです。
クルマには、シートベルトやエアバッグから、横滑り防止装置、ABSなど多くの安全装置の装着が義務付けられています。2020年からは、「事故自動緊急通報装置」の新型車への装着が義務化されます。自動ブレーキの義務化も間近と言われています。
それらと同じように、こうした何らかの“Dooring”事故防止装置が義務づけられても全くおかしくありません。事故原因としての統計がないため、あまり議論になりませんが、十分に必要性の高い安全装置と言えるでしょう。むしろ早急に実装すべきではないでしょうか。
日本では、自転車の歩道走行が多いこともあってか、あまりこの“Dooring”が意識されていません。呼び方にしても、「ドア開き事故」「駐停車中ドア開放事故」「自動車ドア事故」など一定していません。でも起きています。サイクリストの路上の危険を減らすと同時にドライバーのためでもあります。ぜひ義務化してほしいものです。
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トイレットペーパーが買いだめされています。ほぼ国産で材料も違うと広報され、デマとわかっていても周囲の人を見て不安になる人も多いのでしょう。他のものも含め、皆が落ち着いて行動し悪循環を絶たなければなりません。