各種の経済統計でも、今までに見たことが無いような数値が出ており、国連も1930年代の世界大恐慌以来の景気後退を予測しています。国境封鎖やロックダウンで、需要が瞬間的に蒸発してしまったようなものもあり、航空業界、旅行業界、飲食業界など、急激かつ大幅で深刻な不振に見舞われています。
ただ、一部には、このコロナ禍で思わぬ特需に沸いているものもあります。家で料理をする割合が増えたため、スーパーは売上が伸び、一部の食材は品切れになるものもあります。トイレットペーパーなどの買いだめ行動も含め、いわゆる巣ごもり消費によって、急に売れ出したものもあります。
フードデリバリーの需要も増えましたし、家で飲むため家庭向けの酒類、家の中で楽しむゲームやネットの利用、動画配信サービスなども伸びています。テレワークやオンライン授業などのニーズが急増したため、パソコンやウェブカメラといったデジタル機器の売り上げも伸びたようです。
欧米では、自転車もその一つに数えられるでしょう。前回も取り上げましたが、自転車需要が急増したため、国や地域によっては、未だかつてないような売り上げの伸びを記録しました。中古も含めて在庫が払底し、サプライチェーンや流通の滞りもあって、仕入れもままならないような状態が報告されています。
パンデミックで、一過性の特需が発生したものもあるわけですが、自転車の場合は一時的なものではなく、今後も需要の増大は続くと見る関係者が少なくありません。きっかけはコロナだったのは間違いないですが、これは自転車の復活、ルネッサンスだと捉える向きもあります。
今後もニーズは拡大すると見て、電動アシスト自転車などの生産ラインに新たな投資をするメーカーもあります。製品だけではなく、自転車ショップには、修理の依頼が大量に殺到しています。納屋の奥から古い自転車を引っ張り出してきて乗り始めた人も少なくなかったからでしょう。
フランスでは、ロックダウン解除後の感染予防対策と、渋滞対策、環境負荷を減らす政策として、自転車の修理費を補助する自転車利用促進策を打ち出しました。修理費を1人50ユーロまで補助します。この背景には、自転車の修理需要が大きいこともあるのでしょう。
人々は、公共交通機関利用による感染リスクを避けようと、あるいは運動不足解消の方法として自転車に急激に乗り始めました。ただ、仮に将来ワクチン開発などで、感染の心配がなくなって乗るのをやめるとは限りません。一定数の人はそのまま自転車に乗り続け、元に戻らない部分もあるでしょう。
欧米では、需要の拡大で即席に自転車レーンを拡充し、さらにそれを恒久化する動きを強めています。特にヨーロッパでは、都市部の酷い渋滞による大気汚染で、呼吸器系疾患で年間多くの人が命を落としているという状況を改善し、温暖化対策の一環としても、自転車へのシフトを積極的に進めようとしています。
人々は自転車の便利さ、快適さを改めて認識するだけでなく、自転車推進策の点からも、自転車利用者は底堅く推移すると見るのが一般的です。自転車店も、売って終わりではなく、修理やメンテナンスなどのサービスで、継続的に顧客と関わっていこうとするのは当然です。そのニーズを取り込まない手はありません。
アメリカ・ワシントン州、スポケーンという都市のバイクショップ、“
REI”は、今週新しい自転車修理サービスを始めました。オンラインで予約し、個人用の防護具を身につけた従業員が自転車をピックアップし、感染リスクを避けながら修理を受け付けることにしました。
カナダ・オンタリオ州にあるロンドンという都市のバイクショップ、“
London BicycleCafe”は出張修理サービスを始めました。やはり、直接の接触を減らす形でのサービスとすることで、お客のコロナウイルス感染の懸念を払しょくするように努めています。
アメリカ・ニューヨーク州ロチェスター在住の、Charly Tri さんは、“
My Bike Guy”、という移動修理サービスを展開していますが、このところ大忙しです。日本風に言えば、「私の自転車屋さん」でしょうか。店でお客が自転車を持ち込むのを待つより、積極的に引き受けに行くスタイルです。
修理作業用バンで移動し、顧客の家の前で修理します。お客は予約や決済をオンラインでするため、家から出てくる必要さえありません。もちろん感染防止に気を使うお客のためのスタイルです。市内を走り回って修理していますが、予約は3週間待ちです。
オーストラリア・シドニーの、Sammy Acevedo さんの、“
Gotham Bikes”は、無店舗でバンで修理をするショップです。止まっている場所はほぼ決まっていますが、高騰するシドニーの家賃節約のためです。修理用の道具は全て、バンの中に揃っています。彼は昨年秋、修理ショップを始めたばかりですが大忙しです。
アメリカ・アイオワ州デモインで展開している“
Anywhere Bike Repair”も出張修理サービスです。多く地元企業がパンデミックで苦しむ中、このサービスは、かってない繁盛です。乗り始めで修理のニーズがあるだけではなく、常に修理や部品交換、メンテナンスが必要となるお客がいると感じています。
もちろん、各地の自転車ショップも修理依頼殺到でてんてこ舞いですが、新たに修理サービスを展開する事業者も増えているようです。ショップも出張修理サービスも、感染対策に気をつける必要はありますが、自転車に乗る人が大幅に増えたため、修理の需要も急増しています。
趣味でスポーツバイクに乗る人ならともかく、最近乗り始めた人でなくても、修理はショップ任せという人が大半でしょう。多くの人は知識もありませんし、定期的なメンテナンスや部品交換なども、やはりプロに頼んだ方が安心だし、快適な乗り心地が得られるという人も多いに違いありません。
足元の自転車人口の急増で、修理需要も急増していますが、手がけるショップや事業者も増えています。身近に修理を頼めるところがあれば、安心して自転車に乗れるという点も見逃せません。これもある種のインフラであり、修理を頼める安心感が、さらに自転車に乗る人を増やすという好循環も見込めそうです。
一方、日本はと言えば、多少自転車に乗る人は増えたという報道はあるものの、欧米ほどではありません。修理依頼が殺到しているという話も聞きません。好況を受けて、機を見るに敏な人が自転車ショップを開業した、修理サービスを始めたという話もほとんどないと思います。
そもそも、日本では格安の中国製ママチャリが市場を席捲しています。EUなどは格安な輸入自転車に高額関税をかけていますが、日本はゼロです。こうした傾向が近年ずっと続いてきた結果、ホームセンターやディスカウントストアで自転車を買う人が増え、街の自転車屋さんは減る一方です。
修理を頼むところも無くなるわけで不便です。仕方なくホームセンターなどで格安ママチャリを買って、修理して使うのではなく、使い捨てにします。結果として格安粗悪なママチャリに乗ることになるため、多くの人は自転車本来のパフォーマンスを知る由もなく、自転車は最寄り駅までのアシに過ぎません。
このコロナのパンデミックで、運動や感染リスクの小ささで、日本でも多少注目されてはいます。しかし、欧米のような、自転車ルネッサンスとも呼ぶべき状況からは遠く、修理するショップも増えないため、欧米のような好循環を望むべくもありません。日本は、修理というインフラも貧弱と言わざるを得ません。
コレラのパンデミックは中世という時代を終わらせ、その後ヨーロッパにルネッサンスをもたらしたとも言われています。コロナのパンデミックは人々を再び自転車に乗せ、自転車のルネッサンスをもたらすと見られています。でも、日本では中世のような、自転車にとっての暗黒時代が続いて行くことになりそうです。
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東京オリンピックは来年開催できなければ中止となるようです。そうなる可能性は十分ありますが、もし中止になれば、膨大な額の投資=税金が無駄になります。このリスクが意識されれば、ただでさえ減っているオリンピック開催に立候補する都市は、ますます少なくなるに違いありません。もし来年開けなかった時、中止になるのは仕方ないとしても、東京を2024年に順延、パリとロスもそれぞれ4年ずつ後ずれさせるのがいいのではないでしょうか。