自転車シェアリングは、すでに世界の1千都市以上で稼働しており、さらに増加しています。中国などでも急拡大して過当競争になったのは記憶に新しいところです。単なる貸し自転車ではなく、スマホアプリなどを使って街角で簡単に借り、目的地で乗り捨てられる自転車シェアの利便性が広く認められたのでしょう。
自宅から自分の自転車を使うのとは違い、電車で移動した先の街で移動に自転車を使うようなことも可能になります。渋滞する都市部ではクルマより速いですし、電車やバスを乗り継ぐより直線的に移動できて便利だったりします。公共交通機関をつなぐ移動や目的地までのラストワンマイルを補完することもあるでしょう。
ただ、シェア自転車が普及しにくい国もあります。地形や人口規模、道路インフラなどの状況もあるでしょうし、途上国などでは、治安や採算性など、事業環境的にまだ普及していないこともあります。そして、宗教的な背景から、自転車が使われにくい国もあります。
イランもその一つです。イラン・イスラム共和国は、イスラム共和制をとる国家です。大統領よりも宗教上の最高指導者のほうが権力を持っています。イスラム教の教えに沿って治められており、ムスリムでない人の常識や価値観とは相いれない部分があるのは確かでしょう。
同じイスラム教徒の多いトルコやインドネシアなど、世俗主義的な国と違って、政教分離という概念がなく、イスラム教シーア派の教えによって、日常のさまざまな事柄が規定されています。その教義だけでなく、宗教指導者の意見・ファトワが社会生活全般の指針として大きな影響力を持ちます。
イスラム教は男尊女卑の傾向が強く、男性と女性の権利の差が厳然として存在しています。よく知られているように、女性の服装についても厳格な規定があります。外出時には身体全体を覆う服装にするとか、ヒジャブやベールをかぶって頭部、髪の毛を隠すといったことが一般的です。
保守的なイスラム教には、外では夫以外の男性の視線から自身を守るため、女性的な部分を包み隠すべきであるとする教義があるからです。そのような服装をしていない場合、仮に性暴力の被害に遭っても、女性のほうが悪いとするような風潮があるのも、他国には違和感のある部分でしょう。
そのため、スポーツなどでも、女性は競技をするのが難しかったりするわけですが、服装的に自転車に乗りにくいのも確かでしょう。乗りにくいだけでなく、イランの最高指導者・ハメネイ師は2016年、公共の場所で女性が自転車に乗るのは「公序良俗に反する」として、やめるべきだとのファトワ(宗教見解)を出しています。
「男性の関心を引き、社会の堕落を招く恐れがある」というのが理由です。ハメネイ師は、女性が自転車に乗るのを許されるのは、知らない男性の目に触れない場所に限られるとの見解を示しています。これでは、事実上、街で自転車に乗るのは不可能となります。
男性のように自転車に乗りたいという女性もいますが、男性の前で自転車に乗るなんて、落ち着かなくてとても無理という女性もいます。いずれにせよ、女性が自転車に乗るのは難しく、道路インフラも自転車向きでないこともあって、イランでは自転車の活用が進んでいません。シェア自転車もありませんでした。
ところが、そのイランの首都・テヘランに、イラン初の民間によるシェア自転車が登場しました。“
Bdood”という会社が提供するドックレスのシェアサイクルです。イランで唯一だとしています。設立されたのは2017年で、2018年の末から正式に運用が開始されました。欧米と同じように、スマホアプリで操作します。
開始当初は利用が進んでいませんでしたが、ここへ来て利用者が拡大しつつあります。もともとテヘランでは交通渋滞が酷く、クルマの排気ガス等によるスモッグで覆われ、大気汚染による公害病の死者は年間4千人を超えます。この状況の打開に自転車が役に立つと現テヘラン市長・Pirouz Hanachi さんも後押ししています。
イランでは、現在コロナの累積感染者が100万人を超えています。また、長引く核開発疑惑への経済制裁によって、産油国であるにも関わらず、イランのガソリン価格は以前の4倍以上に高騰しています。こうした情勢もシェア自転車への追い風になっているのは間違いないでしょう。
オレンジ色の自転車が、現在147の駅で見ることが出来ます。料金は、30分あたりおよそ10セントと手頃な価格です。このシェア自転車の普及がもたらしたのは、単なる利便性や公共交通機関を避けることによるコロナ感染症対策、渋滞や大気汚染の減少の期待だけではありません。
女性が自転車に乗り始めているのです。自転車はほぼ男性専用という街で、自転車を買う女性は限られていたわけですが、シェア自転車なら気軽に借りられます。料金も手頃です。子どもの頃以来、何十年ぶりかで自転車に乗ったという女性も増えているのです。
依然として服装の問題はあります。女性が街で自転車に乗っていると、男性に冷やかされたり、罵倒されたり、嫌がらせを受けたり、クルマで幅寄せなど危険な行為をされたりすることもあると言います。それでも、このオレンジ色の自転車に乗る女性は増えています。
渋滞の回避に、男女は関係ありません。このコロナ禍で、テヘランでも地下鉄やバスでのマスク着用が義務付けられましたが、感染拡大以降、自転車に乗る市民は倍増したと言います。感染予防の観点から、女性が自転車に乗るのもやむを得ないといった意識が広がってきたのかも知れません。
もちろん、まだまだ女性の自転車に対する風当たりが強い地域もあるようです。それでも女性たちは少しずつでも自転車に乗ろうとしています。女性たちが、SNSに自転車に乗った自らの写真をアップするような動きも広がっています。私はただ自転車に乗っているだけと衣服に書いた人もいました。
男女平等には程遠いイランにあっても、女性たちは少しずつその権利拡大を目指しています。例えば、ヒジャブのかぶり方を、少しずつ後ろにずらし、より多くの髪の毛を露出させるなど、その限界を広げてきたとされています。女性の自転車もメディアで議論となってきましたし、乗る人が増えているのも同じなのでしょう。
コロナ禍とタイミングが重なりましたが、イランにおけるシェア自転車の導入・拡大は女性たちの思い、行動を顕在化させた面があります。イランにおける自転車シェアリングは、単に自転車の活用や感染防止、渋滞や大気汚染などの社会問題だけでなく、女性の権利拡大にも一役買っているようです。
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探査機「はやぶさ2」のカプセルが無事回収されました。果たしてどのようなことが判明するか期待が膨らみます。
Posted by cycleroad at 13:00│
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