February 10, 2021

人の命を救う以上のことはない

誰でも突然体調を崩すことはあります。


風邪くらいならともかく、心筋梗塞とか脳梗塞など、重大な病気の可能性のある痛みに、突然襲われることもあるでしょう。当然、救急車を呼ぶことになりますが、一刻でも早く手当が出来れば、命が助かったり、深刻な後遺症を免れることにもなります。救急搬送が頼りです。

今般のコロナ禍では、病院の空き病床が足りなくなり、医療のひっ迫ということが言われています。コロナで重症化の恐れのある人が入院できない事態となり、入院待ちや自宅療養中に亡くなる事例も相次ぎました。足元では感染者数が減少しつつあるようですが、まだまだ病床に余裕はないようです。

コロナ以外の病気でも、コロナのあおりで救急病院の受け入れ態勢がひっ迫し、救急搬送に時間がかかる例も出ているようです。救急車が来て搬送しようにも、何軒もの病院に断られ、いわゆるたらい回しになる例もあると言います。当事者は気が気でないに違いありません。

This image is in the public domain.Photo by Ominae,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.

あらためて救急医療の大切さ、イザという時に入院や治療を受けられることのありがたさを実感する機会にもなっています。コロナによる医療のひっ迫は世界各地でも起きていわるわけですが、これが平時であっても救急医療が受けられないような地域が世界にはたくさんあります。

インドの西ベンガル地方、Dhalabari という村もその一つです。道路や電気などのインフラ整備が遅れ、病院もなく、医者もいない貧しい村です。最寄りの病院は45キロ以上離れた町にありますが、そこまで運んでくれる救急車はありません。

Karimul HaqueKarimul Haque

この村に住む、Karimul Haque さんは、お茶の農園で働く労働者です。貧しい生活の中で、生まれた時からそうだったので、病院が近くにないことに特に危機感を感じていませんでした。しかし、1995年のある深夜、彼の母親が突然苦しみ始めた時に、はっきりと理解することになります。

病院へ運ぶ方法を必死に探しましたが、見つけることが出来ませんでした。夜明け前、母親は心臓発作で自宅で亡くなりました。Haque さんにとって悲しく痛恨の出来事でした。それから数年後、今度は同じ農園で働く同僚が急病になった時、何とかしたいと切に思いました。

Karimul HaqueKarimul Haque

そこで迷わず農園のマネージャーの自転車を借りて、45キロ離れた町の病院まで彼を運び、なんとか命を助けることが出来ました。その後、中古で自分の自転車を手に入れた、Haque さんは、周囲で病人が出るたびに、自転車で病院に運び始めたのです。

彼は農園の一労働者に過ぎません。病院へ運ぶのは全て無料奉仕です。彼は純粋に周囲の人たちの命を救いたかったのです。自分の母親のような悲劇を繰り返したくないというのが理由です。そして、Dhalabari の村だけでなく、周辺の同じ状況にある20を超える村の人まで、急病人があると自転車で運び始めました。

Karimul HaqueKarimul Haque

住民は、いつしか彼を「自転車救急車・Dada」と呼ぶようになりました。2007年には隣人にお金を借りて、中古のオートバイを購入しました。自転車よりも早く病院に着けるからです。お金の問題もありますが、4輪より2輪のほうが、地域の悪路や細い橋などに適していたこともあります。

1998年から始めたこの無料奉仕で、2019年までに推定5千人以上を運び、命を助けたことになります。やがて彼のことは広く知られるようになり、2017年にはインド政府から、民間人に与えられる最高の栄誉の一つ、「パドマ・シュリー勲章(蓮華勲章)」を贈られています。

Karimul_haque,Photo by Rahulgupta786786,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.Karimul Haque

インドのオートバイメーカー・Bajaj からは、新品のサイドカー付きオートバイも贈られました。さらに、学校を中退して日雇いの仕事などを転々としてきた、Haque さんには学がありませんが、医師から検温や血圧測定、検査や応急処置など簡単な医療行為を学び、トレーニングもしました。

彼の2人の息子たちも手伝ってくれるようになり、よせられる寄付などを元に、失業中の移民労働者など貧しい人たちに食料を提供することまで始めています。こうした慈善活動は、彼の親族や近所の住人も巻き込んで広がっています。最近は、自宅の近くに診療所まで建てようとしています。

Karimul Haque
Bike Ambulance Dada


彼と息子たち、その妻たちは、キンマの葉と呼ばれる嗜好品や携帯電話の修理店を営むようになっていますが、相変わらず、その収入の多くを奉仕活動に必要な薬や燃料の購入に充てています。でも彼は、寄付をしてくれる人たちのおかげであり、自分はただの作業員に過ぎないと話しています。

彼は今55歳ですが、その伝記が発売され、インドの映画の都・ボリウッドでは、彼の伝記の映画化も進んでいます。最初の頃は、彼の自転車の救急車を嘲笑していた人もいましたが、今では多くの人が彼の物語を知って感動しています。今や彼が尊敬すべき人物であることを否定する人はいません。

Karimul HaqueKarimul Haque

Karimul HaqueKarimul Haque

このコロナ禍でも、多くの人が困っている中で活動を続けているようです。西ベンガル地方で極貧で生まれた一人の子どもが、今は人の命を救うこと、貧しい人々に奉仕することに情熱を傾けているのです。あくまで本人は謙虚ですが、すごい人がいるものです。

日本でも今は、たらい回しにされて救急搬送してもらえない懸念がありますが、それでも多くの場合は救急車で運んでもらえるでしょう。しかし、それを当たり前と考え、中には緊急でもなく、明らかに軽症なのにタクシーか何かのように救急車を呼ぶ非常識極まりない人もいます。

Karimul HaqueKarimul Haque

そのことにより、不要の救急出動が増え、本当に必要な人の所への到着が遅れているという調査も出ています。税金を払っているのだから、使わなければ損と考えるのかも知れませんが、そのことで、もしかしたら知らない誰かの大切な命が失われるかも知れません。

世界には病院も医者も救急搬送体制もなく、“Bike Ambulance Dadaもない地域は無数にあります。救急車が来ることのありがたさを改めて感じるとともに、イザという時に救命救急にあたって下さる救急隊員、医師、看護師の方々に感謝したいものです。




◇ ◇ ◇

コロナで今も懸命に治療に当たって下さっている医療従事者には本当に頭が下がります。ありがとうございます。

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