極端なことを言えば、もし記憶力がなかったら、自分が自分であることすらわからなくなります。朝起きて、昨日までの記憶が皆無だったら、自分が誰であるかも自覚できないでしょう。人生も記憶の積み重ねであり、もし記憶が無ければ、例え自分の昔の写真を見たとしても全く懐かしくもないでしょう。
そう考えると、記憶喪失や記憶が無くなっていく恐怖が想像できます。認知症の人が不安になるものも当然です。そうでなくても、物忘れが酷かったり、簡単なことが暗記出来なかったら不便なことは多いはずです。記憶力が人間に欠かせない能力なのは言うまでもありません。
加齢に伴って記憶力が減衰するのは、ある程度仕方のないことでしょう。しかし、できれば認知症にはなりたくないですし、博覧強記でなくてもいいので、生活に支障がない程度の記憶力は保持しておきたいと思います。もし、記憶力を高める方法があるのであれば、実践したいものです。

ジュネーブ大学は、スイスで2番目に大きな大学で、世界ランクの32位に入っています。そのジュネーブ大学医学部の神経学者、
Sophie Schwartz 教授の研究室による研究が、
Scientific Reports という学術雑誌に発表されています。運動と脳の関係を調べた研究です。
運動と脳、
運動と記憶力との関係は、以前から多くの研究者によって指摘されてきました。しかし、今のところ、運動と脳機能の関係を説明する包括的なモデルはありません。今回発表された研究を主導した、研究室の講師、Kinga Igloi さんは、運動と脳をリンクさせるものは何なのか、知りたいと考えていました。
ところで、自転車で走った後に幸福感を感じたことはないでしょうか。自転車に乗ること自体、楽しいものですし、目標などがあれば達成感を感じるかも知れません。ふだん乗り慣れている人は、あまり意識していないかも知れませんが、それらとは別に、単純に幸福感を感じた経験はないでしょうか。
たまに自転車に乗った時に、その楽しさを思い出すと共に、乗り終わった後、あるいは休憩の時に、幸せな気分になった経験がある人もいるのではないでしょうか。実は、自転車に限ったことではありませんが、運動と幸福感には密接な関係があると言われています。
運動と幸福なんて、突飛な組み合わせに感じる人もあるでしょうが、実はこれも
多くの研究で相関関係が指摘されています。
以前取り上げた幸福感の比較研究で、たくさんの要素が幸福の度合いに関係する中、自転車で通勤する人の率と、幸福を感じる人の数との間にも明らかな相関があるとする論文もありました。
ランニングをしていて高揚感を感じるランナーズハイという現象がありますが、実は運動そのものに麻薬性があると言います。ランナーズハイまでにならなくても、20〜30分程度、ややきつい運動をするだけで幸福感を感じたり、運動習慣を続けることで運動しなくてはいられない運動依存症状態になると言われています。
この運動による幸福感や依存症のような状態が起きるのは、脳内物質、「内因性カンナビノイド」によるものと言われています。いわゆる脳内麻薬と呼ばれるような物質です。よく聞く、β-エンドルフィンやドーパミンなどのホルモンとは、また別の脳内物質です。
運動をすると、こうした物質が分泌されます。私は麻薬を使ったことはありませんが、脳内麻薬と言うくらいですから、麻薬に近い高揚感、ハイな気分にさせる物質なのでしょう。ランナーズハイまで行かなくても、自転車に20〜30分乗っただけで幸福感、多幸感を感じるのは、こうした物質によるものなのです。
このジュネーブ大学の研究によれば、非常に多くの場合、運動をした後、特にサイクリングの後に、身体的、心理的な幸福を感じるとしています。これは、運動によって体内に生成される小分子、内因性カンナビノイドによるものと考えられると説明しています。
この物質は血液中を循環し、血液脳関門を通過します。そして脳細胞受容体に結合して、こうした陶酔感を生み出すのだそうです。ここまでなら、幸福感の話ですが、さらに同じ分子が記憶を司る主要な脳構造である「海馬」の受容体とも結合することがわかったのです。
学術的に詳しいメカニズムについては、リンク先の論文を見ていただくとして、これによって海馬の神経可塑性が高められ、記憶力が高まるのだそうです。つまり、自転車に乗ると、幸福感を感じるだけでなく、記憶力まで高められていることがわかったわけです。
この研究のために、特にアスリートではない15人の被験者に最大心拍数の80%程度のサイクリングをしてもらいました。そして、条件を変えて記憶テストを行いました。テストだけでなく、fMRI(機能的MRI)を使って、脳細胞の活性化の変化を観察しました。
さらに、内因性カンナビノイドのレベルを測定するための血液検査なども行っています。これらの実験により、運動に関与する尾状核という脳の構造に加えて、海馬が活性化され、記憶力のパフォーマンスが向上することが判明したと報告されています。
そして、この効果はその場限りのものとは限りません。シナプスの可塑性、すなわちニューロンが互いに結びつく方法に働きかけ、長期的に増強する、記憶の最適な統合メカニズムにまで作用する可能性があると考えられるのだそうです。
(注:上の書籍は今回の記事とは直接関係ありませんが、私が面白いと思った本です。ご参考まで。)
研究チームは、これを私たちの脳の改善に役立てられると考えています。例えば、学校の授業に運動を効果的にスケジューリングすることで、記憶力を強化し、学習を改善することが出来る可能性があります。例えば、授業の合間に20分ほどサイクリングするだけで、テストの点が上がるかも知れません。
そして、アルツハイマー型認知症の予防にも役立つ、あるいは進行を遅らせることが出来る可能性があります。海馬を活性化することで、認知症の症状を改善することだって考えられます。今後の研究と評価によりますが、全ての現代人の福音となる可能性を秘めています。
高齢者に20分、8割の力で走れというのは酷ですが、ヒザや腰への負担が小さい自転車なら比較的容易だと思います。クスリや注射、脳に電磁波を流したりするのではありません。定期的に自転車に乗るだけで、認知症の予防や改善につながるのであれば、乗らない手はないでしょう。
自転車は、渋滞の緩和や環境負荷の低減といった社会的なメリットだけではなく、生活習慣病やロコモの予防、心肺機能の強化など、個人の健康増進に貢献します。医療費や介護予算の低減にもつながるでしょう。さらに記憶力を高めて、認知症の予防にまで効くとしたら、そのことでも人々を幸せにしてくれそうです。
◇ 日々の雑感 ◇
未だに日本のPCR検査数は世界百数十位の少なさ、台湾や韓国のように徹底的に検査をして無症状者をホテルや自宅で隔離すれば、両国のように普通に会食が出来、経済が回り苦しむ人も少なかったはず。今回の延長は仕方ないとして、コロナ用病床が断トツに少ないことも含め政府がやるべきことをやっていないのが問題です。

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Posted by cycleroad at 13:00│
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