電気で走るクルマ、EVです。人類が直面する温暖化対策のための当然の対策のように語られる傾向があります。イギリスやフランス、アメリカ・カリフォルニア州などは2030年〜2040年までにガソリン車やディーゼル車の販売を禁止し、EVにシフトすることを大々的に発表しています。

米国がバイデン政権になってパリ協定に復帰したこともあり、世界各国が温暖化ガスの削減目標を表明し、カーボンニュートラルを目指すと宣言するのが主流になっています。温暖化ガス削減に加えて、それとセットのようにEVシフトが発表されることも少なくありません。
このことに、特に誰も疑問を差しはさまない中、ある研究者が異論を唱えています。イギリス・オックスフォード大学の運輸・環境部門の研究者である、
Christian Brand 准教授です。同大学は、世界の各種大学ランキングで1位、あるいは上位に選ばれる名門大学なのは言うまでもありのせん。
いわく、「本当に温暖化ガスを削減したいなら、クルマではなく自転車で移動するべきだ。都市交通において、ネットゼロに近づくためには、自転車はEVより10倍重要だ。」と主張しているのです。その根拠となる
研究成果を最近発表しています。
近頃はクルマメーカー各社が競ってEVを発売していますが、2020年の世界のクルマ市場で、EVの占める割合は50台に1台に過ぎません。これは世界全体ですが、先進国、例えばイギリスに限ってみても、14台に1台です。話題にはなりますが、まだまだEVは、ごくわずかな割合に過ぎないのです。
仮に、発売される新車が全てEVになったとしても、世界中に普及している化石燃料車を置き換えるためには、15年〜20年はかかります。そして、それ以上に問題なのは、化石燃料車をEVに置き替えても、温暖化ガスの削減効果は低いということです。切り札どころか、たいした効果が期待できないと指摘しているのです。

EVは大量のバッテリーを搭載する必要がありますが、このバッテリーの製造過程で多くのCO2が排出されます。製品としての製造から廃棄までのトータルのCO2排出量、カーボンフットプリントは、ガソリン車やディーゼル車よりも倍以上多くなるとされています。
もちろん、そのぶん走行時にはCO2を排出しないわけですが、10万キロ走行した時のトータルで比べても、それほどの削減にならないのです。さらに、利用する電力が化石燃料由来であれば、走行時にも温暖化ガスを排出しているのと同じことになります。
国によって、発電方法の割合が違うので一概に言えませんが、例えば再生可能エネルギーが比較的普及しているとされるドイツでも、その割合は2017年で33%に過ぎません。残りの25%が褐炭、20%が石炭、約10%が天然ガス、1%が石油であり、過半が化石燃料由来です。
Christian Brand 氏は運輸部門の研究者なので、直接言及していませんが、運輸部門の排出する温暖化ガスの割合は、当然ながら国全体の一部でしかありません。調べてみると、日本で言えば、全体の18.6%です。これは船舶、航空機、内航海運、鉄道を全て合わせた割合です。
車両も、貨物用大型車などはEV化が困難とされていますので、乗用のクルマに限れば、さらにその45.9%です。つまり、乗用車を全部EVにしたとしても、全体の8.5%分にしかならないのです。しかも発電方法の多くが化石燃料由来であれば、たいしたCO2削減効果が見込めないのは当たり前です。
Christian Brand 氏は、ヨーロッパの各都市に住む4千人の移動データを集計・分析しています。それによれば、日常の移動を自転車で行っている人は、そうでない人と比べて、CO2排出量が84%低かったことになると言います。化石燃料車からEVでなく、自転車に乗り換えた場合の効果は明らかです。
さらに、製品のライフサイクルを通したCO2の排出量、カーボンフットプリントで比較すれば、クルマと自転車では圧倒的な差が出ます。自転車を使えばCO2の排出量は、化石燃料車を運転するより、30分の1になるのです。その削減効果は圧倒的です。
政治家はともかく、政策担当者は当然この事実を知っているはずです。つまり、さも温暖化対策の切り札のようにEVへのシフトをアピールするのは不誠実と言わざるを得ません。Christian Brand 氏は、そこまで言っていませんが、「本当に温暖化ガスを削減したいなら、」と言外にその意味を込めているように聞こえます。
もちろん、全ての移動や輸送をクルマから自転車に置き替えられるものではありません。しかし、運輸部門で、効果的かつ迅速に温暖化ガスを削減する方法の1つ、それも有力な手段は、クルマを自転車、電動アシスト自転車、もしくは徒歩に切り替えることだと主張しているわけです。

自家用のクルマは、その9割以上の時間、車庫にあると言われています。平日はほとんど使わないという人も多いでしょう。イニシャルコスト、ランニングコストともに、自転車とは格段に違います。クルマから自転車に乗り換えるメリットは大きいはずです。必要な時のみクルマを借りれば済みます。
天候の問題はありますが、最近は雨でも濡れないベロモービル、e-bike もいろいろ開発されています。ヨーロッパの各都市で自転車レーンの設置も進んでいます。全てとは言いませんが、自転車ですむ移動は自転車にするのが合理的でしょう。それが温暖化対策にもなります。
このことは、私も再三書いてきましたが、我が意を得たり、という感じです。もちろん、私が言うのとオックスフォード大学の研究者が言うのでは説得力が違います。少し考えれば、EVの効果が大きくないことはわかるのに、なぜ指摘する人が少なく、EVが欠かせないかのように語られているのだろうと思っていました。
クルマ産業は各国の基幹産業です。今どき、化石燃料のクルマが良く思われなくなるのは仕方ないとしても、EVまで温暖化対策には意味がないと言いにくい人も多いのでしょう。全面的に移行をアピールするメーカーも立場がありません。経済的にクルマが売れなくなるのは困るということも背景にあるのでしょうか。
私は、かなり以前から、このことに注目してきましたが、ここへ来て、少しずつこうした主張をする人が増えてきているように感じています。今後は、政治家が温暖化対策としてEVが絶対のように言っていたら、それは不誠実で、本気でCO2を削減しようと思っていないと見透かされるようになるかも知れません。

あまり口に出しませんが、クルマ業界の専門家も、実は言われているほどEVが普及することに懐疑的だという話も聞きます。発電方法の転換もそう簡単ではありません。夜間電力が利用できればいいですが、どうしても急速充電しないと不便という欠点もあります。
例えば、テスラ社が発表した電動大型トレーラーの場合、30分間の充電で400マイル(約640km)の走行が可能だそうです。しかし、そのためには1600キロワットの電力が必要となり、一台の充電に住宅4千戸分が使うのと同量の電力が必要になる計算だと言います。乗用車でも急速充電には相応の電力が必要です。
通常の充電と違って、急速充電には莫大な量の電力が必要になるわけです。みなが急速充電し始めたら、電力がいくらあっても足りなくなります。つまり、全てEVに置き替えるなんて無理なのが現実だと言うのです。将来的にも、普及率はせいぜい10%そこそこにとどまると予測する専門家もいます。
温暖化対策のためにはEVへのシフトが避けられないというのは間違いどころか、幻想とさえ言えるのかも知れません。全ての車種をEVにして、差別化して売っていくというメーカーも、一つの戦略だと思います。しかし、全てのメーカーの全ての車種がEVになるというのはナンセンスということになるでしょう。
もちろん、Brand 氏が言うように10倍重要だとしても、自転車へのシフトが全てを解決するなどと言うつもりはありません。ただ、クルマ業界の思惑に関わらず、EVの温暖化対策としての効果は小さい、全体からすれば小さな割合に過ぎないという事実は、多くの人が認識しておくべきだと思います。
◇ 日々の雑感 ◇
ワクチン接種が拡大していますが、うち手が足りないのがネックのようです。イギリス等はボランティアの素人が少し研修を受けてうっています。有事なのですから、もっと大胆に規制を緩和して加速化すべきではないでしょうか。