昨年来のコロナによるパンデミックでは、奮闘する医療従事者やエッセンシャルワーカーへの感謝が広がる中で、自分にも何か出来ないかと自問した人もあったに違いありません。カナダ最大の都市、オンタリオ州トロントに住む、David Shellnutt さんもその一人です。
世界のワクチン接種で、累計回数は中国やインド、アメリカなどが上位に並びますが、人口100人当たりの接種回数で見ると、実は現在カナダがトップです。少なくとも1回接種した人数は現在世界で唯一7割を超えます。そのため、足元では感染も落ち着いてきていますが、カナダもコロナには苦しめられました。
カナダの現在の累計の感染者数は140万人、死者は2万6千人、世界でも25番目の多さです。日本は90万人、死者が1万5千人です。国土は広いですが、人口は日本の3割ほどしかないことを考えれば、その多さがわかります。トロントも何度もロックダウンに追い込まれました。
David Shellnutt さんは弁護士をしています。そしてサイクリストです。仲間と共に、
The Biking Lawyer LLP という弁護士事務所(有限責任事業組合)を開いており、自称、自転車弁護士です。例えば、交通事故で負傷したサイクリストに法律サービスを提供しています。
人身傷害だけでなく、自転車関連の法規の専門家として、雇用や交通トラブルをはじめとする各種の訴訟や調停などで、弱い立場のサイクリストを助ける仕事をしています。つまり、仕事も趣味も自転車関連、サイクリストなので、トロント市内の自転車乗りを何人も知っています。
そんな、David Shellnutt さんは、パンデミック下で自分が出来る事は、やはり自転車だと考えました。市内にたくさんの困っている人がいることを知ったからです。ロックダウンの中で、一人暮らしの高齢者や障害を抱える人、コロナのリスクが高い人、そのほか脆弱な立場の人が孤立していました。
突然職を失って途方に暮れる人、貧困状態で食べるものにも困る人、小さい子どもの預け先がなくなって働きに行けず収入を絶たれた人、頼みのヘルパーさんが感染懸念のため来れなくなり、買い物にも行けなくて困っている人、いろいろな人が支援を必要としていました。
NPOやボランティア団体など、困っている人を支援している団体はいろいろあります。フードバンクなども食料を集め、必要としている人に提供していました。しかし、コロナ禍という特殊な状況で、必ずしも支援が充分に届けられない状態にあったのです。支援団体と必要とする人をつなぐ「何か」が必要でした。
食料を買いに行けなくても、お金があればフードデリバリーなどを利用できます。しかし、フードデリバリー業者は、無償で供与される食料は運んでくれません。コロナ禍では必ずしも炊き出しが出来ません。そもそも来られない人もいます。でも、チャリティー団体は、個々の人に食料を届ける人手までは確保出来なかったのです。
困っている人と支援する団体をつなごうにも、自分一人で出来ることは限られます。David Shellnutt さんは、誰に一緒に活動しようと声をかけるべきか、迷うことはありませんでした。サイクリストです。サイクリストなら、食料を運んだり、生活必需品を届けるための移動手段を持っています。
日常的に自転車を使っている人なら、ついでに荷物を運んだり、多少走る距離が伸びても苦にしないでしょう。お安い御用だと手伝ってくれる人がいるのではないかと考えました。自分が知っている人以外にも、市内のサイクリストで、応じてくれる人が見込めそうな気がしたのです。
もちろん、クルマを使うなどしてもいいわけですが、漠然とボランティアを募集しても、どれだけ集まるかわかりません。自転車に特化したほうが効果的と考えました。サイクリストなら、きっと親切で、思いやりがあって、フレンドリーで、トロントが好きな人がいるだろうとの予感もありました。
立ち上げたのは、“
The Toronto Bike Brigade ”です。ボランティアのサイクリストが、各種の支援団体と支援を必要としている人をつなぎ、物資を届ける、無料の配達サービスです。食料や生活必需品、クスリからペットフードまで、自転車で運べるものなら、必要に応じて何でも運びます。
ボランティアのサイクリストは、フルタイムで奉仕するわけではありません。都合のいい時の30分、1時間でも構いません。通勤や移動で、ふだんトロント市内を走行するサイクリストは少なくありません。そうした人に、少し余計に走行してもらうわけです。
通勤のついででもいいですし、昼休みだけでも構いません。少し時間が空いたとき、用事で出かけるついでなど、出来る時に出来る範囲で配達をします。自転車なら小回りがききますし、渋滞も回避できます。自分の乗る自転車で運べる範囲を申告します。少ししか運べなくても問題ありません。
支援団体からの配達の依頼だけでなく、困っている人からの直接の依頼も受け付けます。今のところ範囲はトロント市内だけですが、市内の人なら誰でも申し込めます。クスリを取りに行けないといった、頼めるサービスがないような依頼や、どこに食料支援を求めたらいいかわからないといった依頼でも受け付けます。
David Shellnutt さんの予感は当たり、次々とサイクリストから応募がありました。自分にも何か出来ることはないかと考えていた人が少なくなかったのです。この「自転車旅団」には、今では1千人に迫る人が登録しています。市内の慈善団体やフードバンクなど20以上の団体がパートナーになっており、協力する組織の数も増えています。
多くのサイクリストがボランティアとして協力してくれています。冬の寒い時期、雪が積もった日ですら配達が行われました。トロントでは、冬の積雪がある時期でも自転車に乗る人がいるのも確かですが、そんな時ですら、困っている人の役に立とうとするサイクリストがいるのです。
日によって違いますが、例えばある土曜日には、111個の荷物が61人のサイクリストによって、476kmの距離を配達されました。このパンデミック下、昨年からもう1年半も続くコロナ禍で、何か自分にも出来ることがしたいと考える人は少なくないのです。
別に、サイクリストだけが、いい人だと言いたいわけではありません。ふだん自転車に乗らない人でも参加できます。日常的に自転車で市内を走っている人が、気軽に配達を手伝えるという仕組みなのです。クルマを使うのと比べ、環境に負荷をかけない点も長所と言えるでしょう。
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生活に余裕のあるサイクリストとは限りません。中には、自分自身が失業中だったり、困っている側の人も参加しています。これは、単なるボランティア、慈善活動というよりも、「連帯」だと感じます。困った時はお互い様、トロント市民の連帯感がこの活動を成立させているのでしょう。
コロナによるパンデミックが起きる前には、自分が失業するとか、困った状態になるとは夢にも思わなかった人もいるはずです。私たちの多くは無力であり、一人では何も出来ないことを痛感した人もあるでしょう。でも、コミュニティの一員であることには、大きな意味があるのも確かです。
◇ 日々の雑感 ◇
アストラゼネカのワクチン公費接種をようやく承認、そのこと自体が印象を悪くしており、せっかく承認しても接種が進むか懸念されます。他のワクチンと組み合わせての接種にし、より高い効果が出ることを売りにすべきでは。
Posted by cycleroad at 13:00│
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