クルマの世界の話です。現在のガソリン車やディーゼル車などの化石燃料車をやめ、電動のクルマ、EVにして行こうという流れです。世界各国で年限を決めて化石燃料車の新車の販売を認めない政策に転換したり、クルマメーカーも現在のラインナップを全てEVにするなどと宣言する会社が増えています。
たしかに、排気ガスを出すクルマとEVならば、燃焼によって温暖化ガスを出さないEVのほうがいいように思えます。しかし、この動き自体を懐疑的に見ている人たちもいます。このブログでも何度か取り上げましたが、EVは必ずしも温暖化ガス削減に寄与しないと主張する専門家は少なくありません。
EVには大量のバッテリーが必要になります。このバッテリーの製造では大量のCO2が排出されます。つまり、走行時だけでなく、製造段階の排出量を加えると、かえってEVのほうが排出量が多い場合もあると言います。長く乗れば逆転するにしても、相応の年数がかかり、バッテリーが寿命になってしまいます。
発電方法によっては、発電の段階でCO2が排出されます。火力発電などの割合の高い国では、EVにしたぶん電力消費が増えて、CO2の排出は減らないことになります。近年のクルマのエネルギー効率は高いですし、わざわざ発電した電力を送電し充電して使う方が、エネルギー効率が悪くなるのは明らかです。
積極的にEVに買い替えさせようと補助金を出す国も少なくありませんが、短期的に廃棄物を増やすことになり、それが温暖化ガスを増やすとの指摘もあります。寿命がきたクルマを置き換えていくならまだしも、短期的に乗り換えを奨励するのは逆効果になるというわけです。

そもそも、気候変動の話になると、なぜかすぐEVという話になります。国によって違いはありますが、例えば日本の温暖化ガスの排出割合は、発電などのエネルギー部門が41%、製造業など産業部門が25%、交通や運輸部門は17%です。ほかに、オフィスや家庭が5%ずつ、その他廃棄物などが続きます。
つまり、クルマのEV化による削減の効果は、ごく一部に過ぎません。EV化が温暖化ガス削減策のメインのように扱われるのは、おかしなことと言わざるを得ません。まるで、気候変動問題を利用して、EV化を進めるのが目的のように見えてしまいます。
事実、ガソリン車では日本メーカーにかなわないため、欧州や中国などはEV化を進めることで、クルマ産業の分野でゲームチェンジを狙っているとの指摘は少なくありません。国家戦略ですから、そのこと自体は批難されないとしても、気候変動対策にはさほど寄与しないのに、寄与するかのように喧伝するのは問題でしょう。

あまり大きく取り上げられませんが、この問題を主張している人たちもいます。例えば、昨年秋にグラスゴーで開かれたCOP26、気候変動会議の会場の外では、多くの人々がプラカードを掲げ、抗議活動を行いました。EV化ではなく、カーフリー、クルマの削減を求める声です。
なぜクルマから自転車、公共交通などへのシフトが主題ならないのかという疑問です。もちろん、クルマを全て自転車にしろとは誰も言いません。しかし、クルマから自転車に乗り換えたり、一部でも自転車での移動に切り替えれば、EVに買い換えるより効果が大きいのは明らかです。
製品の製造から使用、廃棄までにかかるトータルのCO2排出量、すなわちカーボンフットプリントで比べても、自転車はEVより、はるかに小さくなります。移動時に出す温暖化ガスを比べると、自転車通勤をする人は、そうでない人に比べて排出量が84%低いとのデータもあります。

ヨーロッパ各国の都市部の住民が、一日一回だけでも移動をクルマから自転車にしたら、年間一人当たり、平均して500キログラムのカーボンフットプリントを削減出来ます。都市部の住民の5人に1人がこの移動手段の変更をするだけで、ヨーロッパのクルマからのCO2排出を8%削減出来る計算になるそうです。
つまり、EV化より、まずクルマの利用を削減し、自転車などの活用を進めるべきとの主張です。これは正論なだけに、各国の政府は無視せざるを得ないのでしょう。政府としては経済面、産業の振興や雇用の維持などの面もあるため、化石燃料車をEVへとは言えても、クルマの利用を減らせと言えない本音が見え隠れします。
さて、その点で画期的な政策を打ち出している国があります。フランスです。フランスの新しい法律では、今年の3月1日以降、クルマのCMや広告などに、人々に歩くか自転車を使い、クルマを使わないようにすることを呼びかける義務を課しました。違反すると最大5万ユーロの罰金です。
昨年末に可決された法律ですが、クルマの広告に短距離の移動を徒歩や自転車にすること、相乗りを検討すること、公共交通機関の利用を心がけること、といった文面を含める必要があるとしています。世界各国で、タバコのパッケージに健康への害があることを記載する義務がありますが、それと似たような規制です。

クルマの販売を規制するわけでなく、消費者に注意を喚起するだけですが、それでも英断と言えるでしょう。よく考えると当たり前の話ですが、これまで、気候変動と言えばEV化と、論点をずらすような議論を前面に押し出してきたことを考えれば、正しい方向性と言えるでしょう。
またフランスは、2026年までに首都パリを、世界で最も自転車に優しい都市の一つとすることを目指しています。パリを100%サイクリング可能な都市にするため、自転車インフラの整備に力を入れます。既存のインフラに加え、自転車レーンのネットワークを拡大するため、2億5千万ユーロを投じると発表しています。
ルートの拡大のため、180キロの常設のレーンが追加されます。自転車を使いやすくするため、駐輪場も既存の6万台から約18万台に増やします。パリと言えば、ヴェリブというシェア自転車の成功で知られていますが、必ずしもサイクリストに優しい街ではありませんでした。それを大きく変えていく決意を示しています。

パリ市は、2015年から2020年の間にも、1億5千万ユーロを投じ、自転車レーンを倍増させてきました。住民や訪問者の街を巡る手段としての自転車への関心も大きく高まりました。市当局は、この成功に自信をつけ、さらに加速させようと考えています。基本的にクルマ用の車線や駐車スペースを転換して自転車用にします。
すでにある1千キロのレーンには、300キロの専用トラック、52キロの仮設トラックも追加されます。3万台の駐輪スタンド、1千台のカーゴバイク用スペース、2千4百台の充電スタンド、6千台の地下充電ステーション、急速充電ハブなどの計画も含まれています。パリの本気度がうかがわれます。
2024年にはパリ五輪、パラリンピックが開かれます。2012年のロンドン五輪の時には、当時のボリス・ジョンソン市長が「自転車革命」を打ち出し、ロンドンの自転車インフラを一新させました。これは五輪期間中の渋滞緩和にも大いに貢献しましたが、パリでも五輪を見据えているのは言うまでもありません。

パリが目指すコンパクトなオリパラにも合致しますし、五輪として2012年ロンドン大会と比べて、CO2の排出量を55%削減する目標にも貢献します。コロナ禍の2020年には、パリの自転車シェアの利用者が54%も増加しましたが、この経験もパリの政策決定を後押ししました。
ヴェリブの利用者増加だけでなく、コロナ禍では「コロナピスト」と呼ばれる臨時の自転車レーンが設置され、自転車利用が大きく増えました。パリ市内の交通分担率は、コロナ前の5%から7%にまで増えました。自転車ブームが起きたと認識しており、コロナピストの常設化も含め、政策の決定につながりました。
パリ市内ではクルマの速度規制が30キロになっており、渋滞もあって自転車のほうが速い場合が少なくありません。このことも自転車の利用を増やしています。自転車レーン以外にも、自転車優先の通りを設置するなどの計画を進めています。オリパラ期間中の移動も、その20%以上は自転車で確保する予定です。

世界全体で見ても、交通や輸送の温暖化ガス排出量は、16%に過ぎません。これは海や空も含まれるため、そのうちクルマの占める割合は、そのうちの47%、全体の7%超に過ぎないのです。フランスにしても、クルマをEV化するだけでは、カーボンニュートラルの目標に届かないのは明らかです。
交通や輸送以外の対策が重要になりますが、交通分野に関しても、いつまでも現実から目をそらし、EVの普及に話をすり替えてはいられません。EVがダメとは言いませんが、先にやるべきことがあります。クルマの広告に対する規制にしても、パリで展開する「100%サイクリング都市」計画にしても、フランスの本気度を感じさせます。
当然ながら、自転車の活用だけでは、カーボンニュートラルは到底達成できません。しかし、EV化を進めるよりは削減できます。これまでEV化が解決策のように打ち出していた各国政府もフランスを見習い、クルマを買い替えるより自転車を使うこと、そのためにインフラを整備を進める方針を打ち出してほしいものです。
◇ 日々の雑感 ◇
日本のブースター接種は0.7%、OECD諸国でも断トツ・桁違いの最下位です。ワクチン在庫は少なくとも3800万回はあるのになぜか進みません。準備の出来た自治体もワクチンが来ないと言います。菅首相と河野大臣の元では一日150万回も出来たのですから、出来ないのは岸田首相や堀内大臣の無能さということなのでしょうか。