偉大な業績を残した人など、たくさんいるとは思いますが、アメリカで、職業的に尊敬されるのは退役軍人です。文字通り命をかけて国を守った英雄として、大統領をはじめ、国民は最大限の敬意を払います。アメリカでは5月に戦没将兵追悼記念日、11月に復員軍人の日と、国民の祝日にもなっています。
組織として、アメリカ合衆国退役軍人省もあります。連邦政府で28万人の職員を擁する国防省に次いで2番目の規模を持つ省です。全米数百か所に退役軍人用の医療施設、診療所、給付事務所などがあって、退役軍人とその家族、遺族に対して退役軍人給付業務なども行っています。
福利厚生として障害補償、年金、教育、住宅ローン、職業リハビリテーション、遺族給付、医療給付および埋葬給付などが提供されています。戦争の最前線に立って戦うのに、手厚い補償がなければ戦う人がいなくなってしまうでしょうから、当然の仕組みとしても、退役しても厚く遇される人たちなわけです。
戦争を礼賛しているのではありません。アメリカにも戦争に反対する人は大勢います。しかし、地球上に戦争がなくなっていない以上、軍備や軍隊が必要なのが現実です。国民の命と生活を守っているのは紛れもない事実であり、戦争の是非は別として、軍人に一定の感謝や敬意が払われるのは自然なことだと思います。
戦争反対の意思、批判は軍隊にではなく、政治に向けられるべきということでしょう。軍人出身の政治家もいますが、その経歴については英雄として尊敬されるのが一般的です。アメリカにはおよそ2千万人の退役軍人がいて、もちろん中には悪い人もいないわけではありませんが、医者に次いで信頼されている職業だと言います。
政治家への転身でなくても、いろいろな職業で軍人として国に仕えた経歴がプラスになることも多いそうです。従軍経験者は一般より低い学費で高等教育が受けられたり、現役、退役に関わらず、軍人に対して割引を適用する商業施設なども多数存在します。それだけ優遇もされているわけです。
しかし、残念ながらそんな退役軍人、復員軍人が必ずしも幸せな復員後の生活を送っているとは限りません。2001年9月のアメリカ同時多発テロから20年あまり、テロとの戦争が続いていますが、過酷な戦場での戦闘を経て、帰国後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ元兵士は少なくありません。
過酷な戦闘現場でなく、遠隔操作で攻撃するような任務であっても、その心の傷は大きいと言います。経験したことがないのでわかりませんが、人間を殺すという行為は、心に大きな傷を負ってトラウマになったり、帰国後もフラッシュバックや不眠など精神的に大きなストレスに悩まされるそうです。
9.11以後の戦闘任務での戦死者は7千人あまりですが、現役と退役軍人の自殺者数は、その4倍以上の3万人あまりです。テロとの戦争以前の湾岸戦争などの経験者を含めると自殺者は12万人を超えると言います。一般の人と比較して高い割合なのは間違いありません。
帰国後の市民生活への復帰の難しさもあります。障害を負った人もいますし、やはりPTSDなどが原因で、薬物中毒者になってしまう人も多いと言われています。手厚く遇されているはずの退役軍人なのに、実際にはホームレス生活を送る人が数万人単位でいるとされています。
そんな中で、本来、国の英雄として感謝され、敬意を払われるべき退役軍人の苦境を救おうとする人たちがいます。その名も、“
PROJECT HERO”というNPOです。障害を負ったり、PTSDや外傷性脳損傷(TBI)などによる影響で苦しむ人たちをサポートしようという団体です。
ここで用いられているのが、自転車です。ほかの理化学療法や各種のセラピー、カウンセリング、治療に負けず劣らず、自転車によるレクリエーション・セラピーが有効であると考えられているのです。苦しんでいる退役軍人に無料でプログラムを提供しています。
もちろん、さまざまな症状の人があると思いますが、なるべく副作用を伴う薬物治療を減らすことも狙いです。自転車は、うつ病などメンタルも改善すると言われていますが、退役軍人の深刻なPTSDにも有効性が見出されています。仲間と一緒に乗るということも効果があるのでしょう。
同じ退役軍人でも、人によってさまざまな環境で生活しています。中には孤独に苦しむ人もあるでしょう。身体を動かす効果だけでなく、コミュニティとして活動することも治療効果を生むようです。必ずしも薬物や理化学療法が優れているとは限らないと言います。(下の左の写真にはペンス前副大統領)
2008年の開始時には一回のイベントに参加するのは十数人だったと言います。それが現在は人気が高まり、毎回200人程度で参加申し込みを締め切らないとならないほどです。全米各地でライドツアー、ライドイベントが行われており、コミュニティが広がっています。
退役軍人の中には、障害を負った人もいます。そうした人向けには、アダプティブ・バイクも提供します。ハンドバイクやトライク、リカンベント、タンデムなど、その人の障害に合わせた自転車で、ほかの人と一緒に走れるようにするわけです。ハブセンターと呼ばれる拠点が各地にあり、それぞれ対応しています。
日本にも退職自衛官はいますし、海外に派遣されてたいへんな経験をした人もいるでしょう。しかし、日本では、あまり馴染みのない活動です。当然ながら、常時世界中に展開して、ひっきりなしに戦闘や対テロ任務にあたっている米軍と違って、戦後の日本は戦争をしていないので、背景が大きく違います。
日本は平和国家だからとか、戦争をしないと憲法に書かれているからと考えている人は多いでしょう。もちろん、憲法9条はありますが、実際に自衛隊が存在するわけですし、専守防衛とは言え、もし攻められたら戦わないわけではありません。巻き込まれることもありえます。
アメリカのように戦争をする国でないのは確かですが、それは平和国家だからというより、幸運だったからと言えるでしょう。第二次世界大戦以降、今までの七十数年、戦争をしなくて済んだ国は、国連に加盟する193ヶ国のうち、わずか8ヶ国しかありません。
スイス、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、アイスランド、ブータンと日本です。自分から戦争を仕掛けなくても、攻められたり巻き込まれたりした国は多いわけで、たった8ヶ国しかない、非常に幸運だった国と言うことが出来るでしょう。
台湾海峡や北朝鮮など、戦争に巻き込まれる可能性は十分にあります。これまで戦争が無かったからと言って、これからも無いとは限りません。戦争になれば嫌でも戦わざるを得なくなります。いくら不戦を唱えても、攻撃されて、家族や友人が殺されれば、座して死を待つわけにもいきません。
ちなみに、最近話題になる敵基地攻撃能力などとんでもないと言う人もいますが、反撃能力が無ければ、いくら軍備があっても効果的な抑止力になりません。専守防衛という理念はわかりますが、反撃能力なしでは防衛も出来ません。ミサイルを撃ち込まれれば、全部撃ち落とすのは無理ですし、やられっぱなしになるだけです。
もちろん、日米安保条約がありますが、それも絶対とは言えません。例えば、アメリカが参戦したら第3次世界大戦になるような情勢ならば、アメリカが助けてくれるとは限りません。それ以外でも、自国の青年の血を流してまで守ってくれると考えるのは調子よすぎです。逆に集団的自衛権で戦争に巻き込まれる可能性もあります。
日本が平和国家だから戦争をしてこなかったのではなく、幸運だったに過ぎません。そして、今後も幸運が続くとは限りません。無論、戦争には反対ですし、平和なのが一番ですが、“PROJECT HERO”のような活動を必要としてこなかった状況に、もっと感謝すると共に、油断することなく備えだけはしておくべきでしょう。
◇ 日々の雑感 ◇
北京五輪が始まりました。そんな中で気になるのはウクライナ情勢の緊迫です。もしロシアが侵攻すれば、ただでさえ高い原油価格がさらに跳ね上がり、世界経済にも大きな影響が及びます。停戦が求められる平和の祭典の最中ですが、2008年夏の前回の北京五輪の最中にロシアはグルジアに侵攻しているのも不気味なところです。
Posted by cycleroad at 13:00│
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