誰もがスマホなどを持つようになって、カメラ撮影がいつでも容易になったため、これまで、その場にいなければ目にすることのなかったような映像を見ることが出来たりします。テレビのニュースなどで放映されることもありますしSNS、YouTube やTwitter、Instagram、TikTok などで公開するのも簡単になりました。
スマホ以外でも防犯カメラの設置が増えたり、クルマに搭載するドライブレコーダーの普及により、たくさんの映像が撮られ、保存されるようになりました。これは犯罪捜査などに大きく貢献していますし、あおり運転等の証拠として、従来は証拠が無く立証の難しかった被害の救済につながるようになってきました。
ひと昔前と比べると、画像の解像度も上がりましたし、リチウムイオン電池などの進化で録画可能な時間も伸びました。昔のようなテープなどでなくメモリーに記録するため、可動部分がなくなって電池の持ちもよくなるなど、技術の進歩による恩恵を受けています。
さて、そんな映像の一つがイギリスを中心に話題になっています。警察官に尋問されていた麻薬の売人が、突然逃走を図ったのをビデオの撮影者が気づき、見事に転倒させて犯人逮捕につなかったという映像です。ドラマのような展開ですが、現実の出来事です。これを実際に見られるのは、なかなか無いことでしょう。
撮影したのは、通りすがりのサイクリストです。警察官に尋問される人を目撃しつつ通り過ぎたのですが、突然逃げ出したのを見て、これは犯罪者だと瞬間的に判断、自分のほうへ走ってきたため行方を遮り、転倒させ、逮捕に協力したのです。これを自ら撮影しました。
普通は何が起きたのかわからず、とっさに行動できないでしょう。ましてや、それを動画として記録するなんて無理です。瞬時の判断で逃走者の検挙を助けたのはお手柄ですが、もともと動画を撮影しながら走行していたため、突然起きたハプニングを撮影することが出来たのです。 ( ↓ 動画参照、捕り物劇は、7:45 から)
VIDEO
実は、この方が動画を撮影しながら走行していたのにはワケがあります。英国のネット上では、ちょっとした有名人、“
CyclingMikey ” として知られる、Mike van Erp さんだったのです。ロンドン在住のオランダ人で、育ったのはジンバブエという人です。プロの介護士として働いており、YouTuber でもあります。
Mike van Erp さんは、朝夕の通勤、時間がある時、昼休みなど近所を自転車で走っている時、頭に取り付けた、Go-Pro(ウェアラブルカメラ)で、映像を記録しているのです。そして、クルマの違法行為を目撃した場合、その映像を元に警察に通報し、ロンドン警視庁の検挙・送検を支援している活動家なのです。
ロンドンのハイドパーク周辺を走ることが多いのですが、走行中にスマホをいじっているドライバーを発見すると、徒歩で近づき撮影します。イギリスでもこれは違反であり、罰金や免許の行政処分6ポイントに処される可能性があります。結果としてクルマの保険料が高くなることもあります。
VIDEO
また、朝夕に渋滞することの多い、ある交差点では、渋滞の列に並ばず、中央分離帯の縁石を超えて反対車線を走行して右折する人がいます。もちろん違反であるとともに、横断歩道もあるので危険な行為です。Mike van Erp さんは、このようなクルマを見つけると、その前に立ちふさがり、戻るように呼びかけます。
当然ながら、文句を言ったり、逆ギレする人もいます。しかし冷静に相手の非を指摘し、場合によって警察に通報するわけです。危険な目に遭うこともありますが、正義は彼のほうにあるわけで、このような活動をやめるつもりはありません。これまで、1000人近くの違反ドライバーを通報しています。
100%ではありませんが、最近は8割ほどが送検か行政処分されると言います。警察には、手続き終了まで映像の公開を控えるよう依頼されるため、それを待ち一年ほど経って、自身の、YouTube チャンネルに映像を投稿しています。その中には、著名人も含まれています。
VIDEO
イギリスの有名な映画監督のガイ・リッチーや、元プロボクサーで世界チャンピオンのクリス・ユーバンク、元有名サッカー選手のフランク・ランパードといった人たちです。ランパードは後に証拠不十分となって起訴が取り下げられました。狙ったわけではなく、その場では著名人だとは気づかないことが多いと言います。
なかなか勇敢な行動だと思います。激昂したドライバーに殴られるどころか、下手をすればクルマにはねられる危険もあるでしょう。こうした活動には賛否両論あり、特にドライバーから嫌われる存在なのは間違いないありません。サイクリストには支持されることも多いですが、それでも疑問を呈する人はいます。
つまり、警察に任せておけばいいのではないか、身の危険を冒してまで摘発に協力する必要があるのか、特に運転中のスマホの使用などは微罪として、わざわざ事を荒立てるようなことをする必要はないのではないかという意見です。考え方はそれぞれです。
VIDEO
彼がカメラで撮影を始めたのは、2006年です。自転車で道路を走行中に危険な目に遭うことが多かったからです。ドライバーの中には悪意を持って嫌がらせをするような人もいました。でも、身の危険を感じるようなことがあっても、何も出来ませんでした。自分がいかに無力か痛感したのです。
当時はカメラの使い勝手も良くなく、警察は、悪質で危険な事例でさえ反応が鈍かったと言います。初めて違反として立件されたのは、その12年後、2018年です。最近は警察も積極的に立件する姿勢に転じてきており、ネット経由で通報や映像のアップロードが出来るようになりました。
立件につながり、活動に意義が感じられて以降は、ドライバーの違反を通報することに力を入れるようになりました。イギリスだけでも年間1千800人が交通事故で命を落とし、2万7千人が重傷を負っています。これは深刻な犠牲者の数と言わざるを得ません。
VIDEO
平均して86%のドライバーが制限速度を守っていませんし、ハンドルを握りながらスマホをいじる人も少なくありません。サイクリストに対する配慮やマナーもよくなく、危険なことが多いことはロンドンの多くのサイクリストが同意するところです。
赤信号で止まっている時にスマホを使っていても、それほど危なくないと考える人もあるでしょう。しかし、青になって走り出しても、返信が終わってないなど、すぐ止めないケースの多いことが明らかになっています。結果として前方をよく見ていない状態で走行し、歩行者やサイクリストが犠牲になっている現実があります。
そもそも交通違反です。今までは画面を注視するだけでは違反として立件されず、双方向の操作をするなどが認められる必要がありました。Mike van Erp さんも、何のアプリを操作しているかまで録画する必要がありました。しかし警察も、ながらスマホの危険を痛感しており、見ているだけでも立件出来るよう今年法改正されます。
VIDEO
彼がこの活動をしているのは、何かに取つかれているわけではなく、頭がおかしいわけでもありません。正義の味方を自認しているわけでもなければ、ドライバーへの憎悪でもありません。しかし、多くの命が失われているのは事実であり、ドライバーがもう少し行動を改めれば、それは減らせると信じているのです。
実は、彼の父親は、飲酒運転のオートバイに命を奪われました。少しの違反や不注意であっても、いったん失われた命は戻ってきません。そして、命が失われてから後悔しても遅いのです。彼は、この活動は、ロンドンの交通安全の向上につながるという意義を感じています。
上で出てきた、逆走するクルマが絶えない交差点では、島状の中央分離帯を超えて逆走してきたタクシーに彼の友人がはねられました。それを目の前で目撃したのです。友人は死なずにすみましたが、重傷を負いました。少しの時間が待てないクルマによって、実際に事故が起きているのです。
VIDEO
彼は、ネット上で、ほぼ絶え間なく嫌がらせや中傷、脅迫を受けています。彼によって送検されたり処分を受けたドライバーなどに恨まれているのは間違いないでしょう。しかし、一方で彼を支持する人たちもいます。彼の、YouTube チャンネルには9万人の登録者がいます。
逆走頻発の交差点で、彼が違反するドライバーの行く手に立ちはだかっていると、通りがかりのサイクリストが加勢してくれることもあります。そして、彼のようにカメラを装備して自転車に乗るサイクリストの数も、少しずつ増えています。そのために、YouTubeb のチャンネルを開設しているのです。( ↓ 動画参照)
VIDEO
カメラを装着した人たちが、必ずしも、Mike van Erp さんのように通報しなくてもいいのです。頭にカメラを取り付けたサイクリストを見ることで、“CyclingMikey”の活動を思い出し、行動を改めるドライバーもあるに違いありません。そのような圧力が高まれば、サイクリストや歩行者の安全につながるはずです。
ドライバーが反感を持つのは理解できます。腹が立つのもわかりますが、自分の違反行為を棚に上げて脅迫や嫌がらせをするのは逆恨みと言わざるを得ません。このことで、違反のリスクに気がつき、結果として事故を起こさないで済めば、それは自分自身の利益になることです。冷静になるべきです。
彼は、交通安全を進めるために堂々と主張しています。テレビなどのメディアに出たりもしますし、自身の本名も顔もさらしています。ドライバーが少しの時間も無駄にしたくないため、ついスマホを使ってしまうのもわかりますが、それは事故につながり、人命を軽視することになると理解すべきでしょう。
賛否両論あるとは思いますが、私は、Mike van Erp さんの考え方に賛同します。映像が記録され、通報されたり公開されれば、違反や危険な走行の抑止となる可能性があります。でも、映像もそれを有効に使って、より良い社会を目指そうとする人がいるからこそ、その威力が発揮されるのだと思います。
◇ 日々の雑感 ◇
ロシアはウクライナ4州の一方的併合に動き、国境にはロシアを脱出しようとする人が殺到しています。プーチン大統領の帝国版図拡大の野望を手伝う為に兄弟国の人を殺すなんてまっぴらと動員拒否するのは当然でしょう。