エジプトのシャルムエルシェイクで開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)は、損失と被害、すなわち途上国が気候災害からの復旧・復興などに対処する費用を賄うための基金設置を巡って交渉が難航し、成果文書を採択するために長引いています。
会議の目的は気候変動対策であり、地球の気温上昇を抑えようということですが、そう単純な話ではありません。国際会議ですので、国ごとの利害関係が絡みますし、先進国と途上国の軋轢もあります。温暖化ガスを排出し続けてきたのは先進国であり、その責任を負うべきというのが途上国の立場です。
先進国が経済発展してきたのに、途上国が温暖化対策で発展を妨げられるのは不公平だと考えるのもわかります。また、気候変動によって引き起こされる被害は、経済基盤の脆弱な途上国に大きな負担を強いているため、途上国は先進国に対し損失と損害への補償の枠組みを強く求めているわけです。
COP27は、およそ190の国から、90を超える国家元首を含む、推定3万5千人もの代表団が参加する大規模な会議です。今回は初めて若者たちのブースも設置されています。もちろん全員が一同に会すわけではありませんが、知り合いを見つけるだけでも大変でしょう。
さて、そんなCOP27の会場で、ひときわ目立っている人がいます。アフリカのコートジボワールの環境活動家である、Andy Costa さんです。ネオングリーンという目立つ色の自転車用ヘルメットをいつもかぶっています。スーツ姿のグレーとかブラック、ブルーなどの色が多い中、この蛍光色は目立ちます。
今回の会場では、報道陣から最も写真を撮られる参加者の1人となっています。コスタさんが、この色のヘルメットをかぶっている理由は明快です。目立つためです。彼は自転車というモビリティを推進するアンバサダーを自認しています。そのことも、一目で想像がつきます。
また、ヘルメットは保護を象徴するアイテムであり、環境保護の必要を端的に表していると思うからです。サイクリング・アンバサダーとして、とにかく目立つため、いろいろな人から声をかけられるのも利点です。直接面識がない人や、フランスのマクロン大統領のような有力者とも話をすることが出来ました。
SNSなどのプロフィールの写真もヘルメット姿です。コスタさんのシンボルとなっているわけですが、自転車の活用を推進するという彼の主張には、まさに持ってこいです。コートジボワールという小国の参加者ではありますが、注目を浴びることで、彼の主張に耳を傾けてもらえるという点で、優れた作戦と言えるでしょう。
彼の主張は自転車の活用の推進です。その理由は、地球環境のためだけでなく、都市の渋滞等を解消するため、そして市民の健康のためです。公衆衛生上の問題である心血管疾患などを回避するための優れた方法だとも考えています。自転車を積極的に使わない手はないと主張しているのです。
コートジボワールを含むアフリカの国々では、大規模な鉄道網が整備されていない中で、人口が都市部に集中し、渋滞などの深刻な交通問題を抱えています。アフリカは最もモータリゼーションが進んでいない大陸であるにもかかわらず、世界で最も交通事故死亡率が高くなっています。
また、アフリカでは、学校まで遠く移動手段が無いために、学業を諦めざるを得ない子どもたちが大勢います。インフラは貧弱であり、自転車がほとんど使えていない地域もあります。温暖化対策だけでなく、こうしたアフリカの問題を解決するためにも、自転車は有力な方策なのです。
ただ、アフリカの多くの地域では、自転車が貧困の象徴のように見られ、敬遠する人などもあり、決してイメージがよくありません。まずこのイメージアップが必要であり、そのために大学生などの若い世代、これからの地球環境を危惧する人たちに乗ってもらうべきだとも考えています。
アフリカの国々の政治家の中には、アフリカでもモータリゼーションを進め、雇用や経済のためにもクルマの普及を推進し、高速道路などのインフラを整備していくのが当然と考えている人もあるでしょう。途上国も経済発展して、先進国のような状況を目指すべきと考えるわけです。
もちろん、それは経済発展という恩恵をもたらすかも知れません。しかし、実際にはそのための資本が圧倒的に足りず、歪みのある形でしかクルマは普及していません。汚職や政治の腐敗に直面する国も多く、クルマや燃料、道路インフラにお金が向けられていないのも現実です。
それならば、環境のためにも欧米のようなモータリゼーションにこだわらず、まず出来ることから進めるべきというのがコスタさんの立場です。都市や近郊で中短距離の、自転車で出来る移動は自転車を使おう、そのためのインフラは相対的にクルマ用と比べ安いのだから、そこから実現していこうというのです。( ↓ 動画参照)
アフリカ全体でも、温暖化ガスの排出量は、全体のわずか4%です。これから、もっとモータリゼーションを進める権利があると考える人がいるのはわかります。そして、これからクルマを普及させていくなら、ガソリン車ではなく、EVということになるでしょう。
アフリカの国々の人が、当然クルマの普及を望み、自転車など眼中にないのも、わからないではありません。しかし、その産業資本の蓄積やインフラ整備の費用は膨大であり、環境負荷を高めることになります。自転車を使うほうが手っ取り早く、環境面でも、貧困対策としても、健康面でもアドバンテージがあるはずです。
移動の分野で温暖化対策と言うと、すぐEVということになります。しかし、これは『まやかし』だと言う人も少なくありません。たしかに、EVは走行中に温暖化ガスは排出しません。しかし、EVを充電するための電力が火力発電だったら、ちっとも温暖化対策になっていません。
化石燃料を燃やして水を沸騰させ、その力でタービンを回して発電する。その電力を遠くまでロスしながら送電線で送り、その電力を充電してクルマを動かす、というのはエネルギー的にも無駄で、ガソリン車を走らすのと変わりません。むしろ、直接エネルギーを取り出すガソリン車のほうが効率に優れるとの指摘もあります。
さらに製造時にも多くの温暖化ガスを排出します。それはガソリン車の製造を上回るとされています。バッテリーの製造が排出を大幅に増やすそうです。さらに資源の面でも、バッテリーの環境負荷は大きいと言います。レアメタルの採掘から廃棄物処理に至るまで、環境への負の影響は大きいと言われています。
航続距離を伸ばすため、より重いバッテリーを積んで走るのもエネルギー効率的な矛盾です。フランスやイギリスなどの国がEV化を進め、ガソリン車などを廃止しようとしていますが、日本やドイツは参加していません。これはガソリン車の分野で競争力をなくした国が、次のEVで主導権を握るための戦略とされています。
先進国の間ですら駆け引きがあるわけです。COP27で温暖化対策と言いながら、実際にEV化でいくら温暖化ガスを削減できるのかという話です。でも、自転車で済む部分は自転車にしようということなら、即削減につながりますし、多くの国が同意できるのではないでしょうか。
例えば、オランダは知る人ぞ知る自転車王国で、多くの人が自転車に乗ります。もし、世界中の人がオランダ人並に自転車を使えば、二酸化炭素排出量を6億8千万トン以上減らせる計算になります。あくまで机上の数字ではありますが、現在のクルマによる排出量の2割に相当し、少ない量ではありません。
前回のCOP26の時にも会場周辺では、多くの環境活動家がプラカードを掲げて抗議しました。EV化ではなくカーフリーをという抗議も目立ちました。EVに買い替えさせるのではなく、なぜクルマを減らして、自転車や公共交通にシフトしないのかという憤りです。
政治家などにしてみれば、産業政策や雇用との兼ね合いがあって、EV化を進めることを主張し、クルマの利用の削減、カーフリーについては誤魔化すしかないのでしょう。しかし、そのような思惑ばかりで動いていたら温暖化対策の実効性は、いつまで経っても上がらないでしょう。
フランスやイギリスもEV、EVと言いながら、国内では都市へのクルマの流入を制限し、自転車の活用も進めています。つまり、そうすべきこともわかっているのです。なかなかカーフリーとは言えないまでも、自転車の活用推進は、途上国も含めた、みなが同意できる部分として推進してもいいのではないでしょうか。
ちなみに、Andy Costa さんの目標は、アフリカ全土を自転車で行き来できるようにすることだそうです。なかなか壮大な目標です。COP27でのネオングリーンのヘルメットをかぶっての活動は、そこへの通過点に過ぎません。アフリカ全土を網羅する自転車道路網の完成、ぜひ見てみたいものです。
◇ 日々の雑感 ◇
カタールでサッカーW杯がいよいよ始まります。厳しいグループなのは確かですが、ぜひ突破してほしいものです。