物理学でいうエネルギー保存の法則です。例えば、木になったリンゴの実は、その高さにある限り、一定の位置エネルギーを持っています。熟して枝から落ちる時には、その位置エネルギーが失われますが、それは落下という運動エネルギーに変わることになります。
理論的には、この位置エネルギーと運動エネルギーを足した和は常に一定です。これは力学的エネルギー保存の法則と呼ばれています。さらに熱力学的にもエネルギーの和は一定になります。熱力学第一法則です。熱もエネルギーの一種であり、その合計は保存されることになります。
例えばガソリンの燃焼で発生した熱エネルギーはピストンを動かすことに使われ、クルマを動かすことになります。この過程において、エネルギーの性質は変わりますが、そのエネルギーの合計は変わりません。途中でロスとなる量もありますが、理論的には、それらも全部足せば一定になるわけです。

当然ながら、私たちが自転車に乗っている時も、こうした物理学の法則が働いています。丘の上にいる時は、相応の位置エネルギーがありますが、そこから坂を下れば、ペダルをこがなくてもスピードが出ます。位置エネルギーが運動エネルギーに転換されたわけです。
逆に、坂を上る時にペダルを踏むことによる人力のエネルギーは、運動エネルギーに転換され、さらにそれが坂を上ったぶんの位置エネルギーに変換されます。何を今さらと言われそうですが、意識せずとも自然にエネルギー保存の法則に従って、自転車に乗っていることになります。
ペダルを踏むのは人間が出すエネルギーですが、それが推進力となり自転車は進みます。ペダルをこぐのを止めても、慣性でしばらく進みますが、空気抵抗やタイヤの転がり抵抗などによってスピードは減衰し、やがて停止するのも自明のことです。では、自然に止まるのを待たずに、ブレーキをかけて止まったらどうなるでしょう。
本来ならば、一定の距離を走行できるだけの運動エネルギーがあったわけですが、ブレーキをかけて止まった時にはゼロとなります。エネルギー保存の法則に従うわけですから、そのエネルギーが消えてなくなるわけではありません。多くはブレーキとリムとの摩擦によって熱エネルギーとなって放出されることになります。
自転車で移動する時、人間の筋肉が出すエネルギーは最終的に移動した距離という仕事量に置き換わるわけですが、途中で停止するたびに放出され失われる熱は、移動した距離とは関係ありません。つまり、自転車で移動するという目的には貢献しない無駄にしているエネルギーということになります。
もちろん実際には、停止せざるを得ません。特に市街地などを自転車で走行すれば、何度も停止するはずです。そのたびにブレーキをかけ、相応の熱エネルギーを失っているわけです。止まらなければ、一定の距離を走れるだけのエネルギーを熱に変換して、空気中に放出してしまっていることになります。
これを上手く活用しているのが回生ブレーキです。ブレーキをかけた時に失われるエネルギーを電気に替え、蓄電するわけです。ただ、ごく一部の電動自転車などを除けば回生ブレーキは使われておらず、全て熱として無駄にしていることになります。

世界中で自転車に乗っている人の数を考えれば、これは膨大なエネルギーのロスであり、無駄な熱の放出ではないかと考えた人がいます。デンマークはコペンハーゲン在住の、Sasha Torgova さんです。彼女はこの無駄にしているエネルギーを利用するための仕組みを考えました。
それが、“
Energy Keeper”です。まず、自転車の前輪に写真のようなデバイスを取り付けます。いくつかのサイズを用意して汎用的に取り付けられるようにします。このデバイス、“Energy Keeper”は、ベアリングリング、磁気ディスク、ホイールと一緒に回転するおもりで構成されています。


充電器はフロントフォークの部分に固定され、回生ブレーキと同じ仕組みで減速時に蓄電されます。さらに止まる時、タイヤは止まりますが、ディスクはブレーキをかけている間も慣性で回り続けようとします。その運動エネルギーも誘導コイルによって電気エネルギーとして蓄積します。
通常のブレーキが全く不要になるわけではありません。交通状況によって急制動も必要になったりするでしょう。ただ、回生ブレーキと同じ仕組みを使って、ブレーキをかけた時に熱で失われるエネルギーの一部でも回収し、電気として蓄電しようという考え方です。


一定程度、電気が蓄積されたら、街角のストレージに返却します。貯められた電気はそこから都市の電力網へ送られます。そして、充電が空になっている別の“Energy Keeper”を装着して走りだすというスタイルです。これを使うためには専用アプリが必要で、QRコードで蓄電した人を確認します。
ユーザーは、このシステムによって発電したぶんの報酬を受け取ります。例えば、公共交通機関の一定回数の無料乗車券などを想定しています。どうせ無駄にしているエネルギーですが、電気を売ったぶんを報酬として受け取れるようにすれば、参加のインセンティブになるという仕組みです。


まだ具体化したわけではありませんが、なかなかユニークなアイディアです。言われてみれば、ブレーキをかけた時の減速するためのエネルギー、熱として失われるエネルギーは世界的に見れば、相当な量になるでしょう。放出する熱量がどれくらいなのかわかりませんが、その分、大気を温めてもいるのでしょう。
理論的には正しいと思いますが、実際に都市の電力網に接続して成り立つのか、機材や設置費用などもありますから、はたしてシステムとして割に合うのかどうかはわかりません。相当な人数の参加が必要かも知れません。ただ、無駄に熱として放出していることに気づけば、もったいない気もしてきます。
代替可能な移動をクルマに替えて自転車を使えば、温暖化対策としても有効なのは、いまや広くコンセンサスとなっています。それだけでも十分エコで有益だと思いますが、エネルギーを効率的に回収して活用出来るようになれば、さらに省エネの面でも環境に貢献できるのかも知れません。
◇ 日々の雑感 ◇
中国のコロナ感染者が爆発的に増えていると報道されています。もはや正確には把握できないようです。ゼロコロナも極端でしたが制御不能に見える感染爆発は習近平政権の混乱なのか開き直りなのか、どちらなのでしょう。
Posted by cycleroad at 13:00│
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