January 28, 2023

背中に視線を感じて街を行く

コロナ禍で増えたものがあります。


テレワークや巣ごもり消費、ネットスーパー、ECサイトなどいろいろありますが、フードデリバリーもその一つでしょう。フードデリバリー自体は、コロナ前からサービスとして提供されていましたが、コロナで外出を控える人が増えたために、需要が一気に何倍にも急増したそうです。

急に拡大したこともあって問題も起きました。配達員が自転車で首都高を走ったり、交通ルールを無視した走行、猛スピードで歩道を爆走して歩行者と接触事故を起こしたり、当て逃げも起きました。配達員は従業員ではなく個人事業主となるため、労災や雇用保険、最低賃金など労働条件、働き方も問題となりました。

これは日本に限ったことではありません。各国それぞれの事情もあると思いますが、フードデリバリー業者が増えて過当競争となり、配達員の収入の低下や、労働条件の悪化をもたらしたりもしているようです。もともと路上には多くの危険もあるのに、配達を急がなくてはならないプレッシャーも増すのでしょう。

遅延なく届けないと注文者とトラブルになったり、評価が下がって単価が下がるなどのストレスにもさらされることになります。配達員同士で注文の奪い合う形になって、割りのいい注文をとるのが難しくなれば、収入が減ったりということもあるようです。

DigiCabDigiCab

基本的に過当競争の中で、配達員自身で賃金を改善するのは容易ではありません。そんな中で、一石を投じるサービスを立ち上げたフランスのスタートアップ企業があります。DooH it 社です。もともと、タクシーの後部座席に設置するモニターに広告を配信するなどの事業を展開していました。

DigiCabDigiCab

その延長とも言えるものですが、フードデリバリーの配達員が背負うバッグに広告を流そうというサービス、その名も“DigiBag”です。タクシーなどに広告配信する、“DigiCab”のモニターを車両の後部座席ではなく、配達員のカバンに取り付けて、いわば新しい広告メディアにしようというアイディアです。

この“DigiBag”を利用すれば、本来のフードデリバリーとしての仕事以外の収入が得られる可能性があります。カバンの外側にスクリーンを取り付け、街中を走るだけです。もともと配達で走っているわけですから、そのカバンのスペースを広告媒体にするだけ、余計な仕事が増えるわけではありません。

広告主にしてみれば、新しい広告メディアとなります。エリアを細かく絞ることも出来ますし、配信する時間も選べます。例えば、今まさにイベントを開催している近くにだけ告知をするような使い方も出来るわけです。どのくらい露出したかを測定する仕組みも備えています。

DigiBagDigiBag

フランスでは現在、主要都市に5万人ほどのフードデリバリーの配達員がいると推定されています。副業などの人もいますが、その過半は専業で、基本的に収入が安定せず、低い賃金、なかには貧困ライン以下の生活を送る人も少なくないと言われています。

背景にはフランスでの移民や難民の流入問題があります。アフリカ大陸などからの移民は、フランス語も話せなかったりするでしょう。その中で配達員をする人もいるわけです。そこで、DooH it 社では、副収入を得る手段に加えて、語学トレーニングなどのサポートも提供しています。

これは新しい広告媒体と言えるでしょう。今までは、フードデリバリーサービスのロゴの入ったバッグを背負っていた人も多いと思います。結果的にそれはフードデリバリー会社の宣伝となり、認知度向上に貢献した面もあるはずです。それを他の広告に利用しようというわけです。

DigiBagDigiBag

基本的に、登録しているフードデリバリー会社のロゴの入ったバッグは、必ずしも使用する必要はないと言います。会社は利用を推奨は出来ても、それを強制する権利はないとされています。雇用関係ではなく個人事業主ですから、そこは自由に選べるわけです。

中には、ロゴの入っていないバッグだと、注文者やレストランから悪い評価がつくということも無いわけではないようですが、少なくともフランスでは、専用バッグを使わない人も少なくないようです。タダでフードデリバリー会社の宣伝をしているようなものですから、そこを自分の収益に換える権利はあるはずです。

まだ事業としては立ち上がったばかりで、これが定着し、広告主が増え、配達員の収入が上がっていくかはわかりません。少し考えただけでも、懸念される点はありそうです。例えば、街を歩いている人たちの視線をどれだけ集められるか、すなわち広告効果は未知数でしょう。

DigiBagDigiBag

フランスでは当然、日本のような歩道走行ではありません。歩道を歩いている人が、車道を通過する自転車をどれだけ見るかは疑問です。そこに広告が出ていると気づかないケースも多いに違いありません。仮に見たとしても、あっという間に通り過ぎてしまいます。

信号待ちで止まっていればともかく、必要なメッセージが読み取れるかもわかりません。ただ、目立つように動画も配信できますし、企業のロゴやシンボル的な商品の写真などならば、見てすぐわかり、いわゆる露出効果で、成果が期待できる可能性はありそうです。

Photo by Nekosuki600,under the GNU Free License. Photo by Nekosuki600,under the GNU Free License.

街頭で自転車を使って宣伝広告しようというのは、実は新しいアイディアではありません。自転車ではありませんが、街頭を歩いたり立っていることで宣伝するサンドイッチマン(写真上。お笑いコンビではない。)ならば、19世紀半ばからありました。宣伝用の看板を前後にぶら下げて立つだけです。

過去に取り上げましたが、2006年頃、ニューヨークで自転車に看板を取り付けて街を走りまわるというサンドイッチマンの自転車版が登場しました(写真下の左)。前カゴに入れたノベルティグッズを配ったり、通行人に話しかけたりということもあったようです。しかし、サイトは閉鎖されてしまい、今はもうありません。

ニューヨークの自転車広告アドバイク

同じ頃、日本でも「アドバイク」という広告サービスが始まりました(写真上の右)。リカンベントで看板を載せたトレーラーを引っ張るスタイルです。エコロジーな広告メディアとしてアピールするベンチャーが運営していましたが、こちらも今は無くなってしまっています。

広告用自転車ポスターバイク

広告用自転車ポスターバイク

ヨーロッパでも、“Posterbike”という宣伝用のカーゴバイク(写真上)が登場しました。立体の看板を載せる形で目立つので、屋外広告の魅力的で新しいプラットホームという触れ込みでした。こちらはカーゴバイクを発売したメーカーがそのまま販売を続けていますが、あまり売れているという話は聞きません。

以前、日本でレンタサイクルのスポークの内側に広告の型紙を差し込むという手法も見受けられました(写真下)。今も使っているところがあるかも知れませんが、その後は話題にも上りません。それほど効果が認められなかったため、自然消滅してしまったものと思われます。

自転車広告岐阜のレンタサイクル

放置自転車広告広告看板を積んだ3輪車を路上に違法駐輪させるという、条例の盲点をついたゲリラ的な手法も登場しました(写真右)。放置自転車広告などと呼ばれ、当時の自治体や警察を悩ませているというニュースが報じられましたが、その後は全く聞かなくなりました。

このように、自転車を広告メディアにするアイディアは昔からありました。ただ、この“DigiBag”は、それをデジタルで随時発信・変更出来るようにしたこと、GPSで場所や時間を指定して局地的な発信が出来ること、広告専用でなく、フードデリバリーのバッグという空きスペースを利用したところが新しいと言えるでしょう。

考えてみると、マスクをしたままの顔認証とか、非接触のエレベーターの操作ボタンとか、駅中のコワーキングスペースとか、コロナ禍で生まれたものもいろいろあります。これもその一つということになります。ただ、今後コロナが収束していく中で、何が残っていくかは不透明と言えそうです。




◇ 日々の雑感 ◇

相次ぐ強盗事件、実行役の闇バイトに簡単に応募する人がいるようです。いくらお金に困っても、それで強盗殺人となれば死刑までありえます。浅はかな若者を減らすため広範な啓発活動がもっと必要なのではないでしょうか。

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