2023年4月1日から、自転車に乗る際には年齢に関係なく、全ての人にヘルメットの着用が努力義務となります。努力義務ですから、着用しなくても罰せられるわけではありません。今までも警察などが再三呼びかけてきたことであり、実際問題として誰も今まで通り着用しないのではないかとの予想もあります。
ただ、着用への圧力を高めてくる可能性があります。各都道府県警は、広報活動に力を入れていますし、販売店に協力を要請したとか、学校関係者にも配慮をお願いしたなどという話も伝わってきます。少なくとも警察は、自転車の死亡事故の減少のための切り札として、ヘルメット着用率を高めたいと思っているのでしょう。
あまり異論は聞こえてきませんが、このヘルメット着用の努力義務化というのは正しい方向なのでしょうか。世界では、国や地域によってまちまちの対応となっています。ただ、必ずしも義務化、法制化するところばかりではありません。なかには、これまで法令で義務化していたのを廃止し、義務でなくすところもあります。
例えば、アメリカ・
ワシントン州のシアトルとか、
タコマ、
キング郡、
テキサス州・ダラスなどは、逆にヘルメット着用を義務付けていた法令を廃止し、自由にしました。日本のように国単位ではなく、州や地区ごとなのでいろいろですが、日本とは逆に進むところもあるわけです。

これは最近の例ですが、過去に遡れば、同様に義務だったのを廃止した地区は、いくつもあるようです。世界中の例を調べたわけではありませんが、少なくとも逆行するところがいくつも存在しており、ヘルメット着用の義務化が世界のトレンドとは言えないことがわかります。
義務の廃止の理由については、地域の事情、格差、人種差別などの問題と絡む場合もあり、一概には言えません。ただ共通しているのは、自転車の事故の被害軽減にヘルメット着用が果たしてどの程度役に立つのかという疑問です。我慢してヘルメットをかぶっても、それだけの意味があるのかという声は大きいのです。
たしかに、ヘルメットを着用したほうが頭が保護される感じがあり、少なくとも着用しないより安心と感じます。自然な感覚でしょう。しかし、それが死亡に至るような事故の被害軽減につながるとは限りません。この点については、さまざまな専門家が実験などを通して指摘しています。
自転車用のヘルメットくらいでは、クルマとの事故の衝撃を防げないとする専門家は少なくないようです。実は、単にヘルメットを落下させるような実験だけでは、事故への有効性は測れません。現実の事故は単純なものではなく、回転力などいろいろな力が加わります。
事故で致命傷となるのは、脳震盪や内出血を起こさせるような脳の内部への衝撃であり、それは防げないとする指摘もあります。これは自転車事故以外にスポーツ、例えばアメリカンフットボール等の競技での衝突も同じで、必ずしもヘルメットでは脳震盪のようなダメージは防げないとスポーツ医学の専門家は警告しています。
自転車事故に関するデータが非常に限られていることも不透明にしています。ほとんどの事故の結果について、詳細な事故の状況までは報告されません。もしヘルメットを着用していても、何らかの原因で外れ、現場に駆けつけた警察官が現認しなければ、ヘルメット着用なしと処理されることだってありえます。
統計により、ヘルメット着用と非着用の差を比べる手法もありますが、事故報告の内容以外にも、例えばヘルメット着用義務化で、その地域で自転車に乗る人が減った結果、事故件数が減る場合があります。このことにより、ヘルメット着用の義務化で死亡者が減ったように見えてしまう問題を指摘する声もあります。
路面に擦られた場合に、耳を保護する効果くらいで、ヘルメットに死亡を防ぐ効果はないと断言する研究者も少なくないと言います。つまり、乗っている人の安心感はあったとしても、実際に事故が発生した場合に、非着用との違いは少なく、義務化する意味がないとの結論から、義務化を廃止する地区も出ているのです。

日本でも、ヘルメットを着用した人のほうが、死傷する率が低いなどのデータが示されますが、これも疑ってかかる必要があります。日本でヘルメットを着用しているのは、ほとんどがスポーツバイクの利用者でしょう。圧倒的多数を占めるママチャリで着用している人は、ほとんど見ません。
つまり、趣味でスポーツバイクに乗るような人は、交通ルールや路上での危険、自転車の特性などを理解しており、ママチャリで交通ルールを守らずにデタラメに乗っている人よりも、深刻な事故に遭いにくいという可能性があります。圧倒的にサンプル数も違いますし、単純にヘルメットのおかげとするのは軽率です。
それぞれの専門家の説がどれだけ正しいかについて、ここで判定しようというのではありません。でも、ヘルメットの死亡を防ぐことへの有効性について疑問を呈する専門家は多いのです。それが、結果としてヘルメット着用義務を廃止するという動きにつながっているのは確かです。
アメリカでは、ヘルメットの義務化で自転車に乗る人が減るという問題もあります。もし仮に、ヘルメットを着用しても、リスクはほとんど変わらず、無いよりは多少マシという程度だとするならば、法令でわざわざ義務化するのは、いろいろな点でマイナスという判断もあるでしょう。
ヘルメットの有効性について、何よりも説得力を持つのが、他の国との比較です。調査によれば、移動距離あたりの死亡率が最も低かったのはオランダです。でも、休日にロードバイクに乗って遠出をする人などを除けば、オランダ人のほとんどがヘルメットをかぶっていません。
このことについては、私も以前書きました。オランダは自転車大国として有名ですが、ヘルメットの着用率は、意外にも0.5%以下、200人に1人いるかいないかです。オランダ人は、日常生活の中の自転車での移動に、明らかにヘルメットの必要性を感じていません。
その背景には、自転車が都市交通として組み込まれ、安全便利に移動できる仕組みが出来ていることがあります。ハード面のみならずソフト面でも、自転車を活用するための基盤が構築されています。誰もが安心して自転車を利用できる環境が、都市部での効率的な自転車交通を支えているのです。
自転車レーンなど、インフラ整備も進んでいます。そのため、ふだん街中で自転車に乗っていても危険と感じることが少なく、ヘルメットを着用したいと思う人はほとんどいないわけです。習慣的な部分もあるとは思いますが、それが普通だと考えています。オランダ人にしてみれば、ヘルメット着用は本末転倒です。
例えば、クルマの排気ガスの有毒性を除去するためには、マフラーにフィルターを取り付けるなどの対策が求められます。クルマには有害な排気ガスを垂れ流させておいて、人間の鼻と口に全てフィルターの取り付けを義務付ける政策をとったら、人々は怒るに違いありません。

クルマの騒音だって同じです。何も対策しなければ、クルマの走行時にはとんでもない爆音がしますが、それをマフラーなどによって小さくしています。当たり前です。それをせずに、周囲の人に耳栓をさせて済ませていたら、おかしいと感じるのは当然でしょう。ヘルメットも、これらと同じことです。
自転車に乗っていて、単独の自損事故で死亡する可能性が無いとは言いませんが、ほとんどは対クルマの事故です。クルマとの事故が起きないようにするならば、ヘルメット着用の必要性もなくなります。クルマが危険の原因なのですから、クルマのほうで対策すべきと考えるのが自然ではないでしょうか。
クルマ自体で防止出来なければ、道路を工夫するなどして、その危険を除去すべきです。それを、被害側である自転車利用者が自らヘルメットをかぶって防護しなければならないのは、本末転倒というわけです。なぜクルマの走行を優先して、人間の命、安全を優先しないのかと考えるのがオランダでは普通なのです。
もちろん、オランダでもまだ完璧に安全が確保されているわけではありません。事故も起きます。しかし、少なくとも、自転車利用者にヘルメットを着用させるのではなく、インフラなどでサイクリストを守るという考え方で、人間優先、交通弱者優先というポリシーが徹底しています。道路もその方針で整備されてきたのです。
ヘルメット着用は個人の自由とし、自転車が安心・安全に走行できる環境を構築するのが行政の仕事です。なのにヘルメット着用を進めることで見誤り、本来進めるべき対策が進まない恐れがあります。それが、オランダとの死亡率の大幅な差になっているとアメリカの自治体が考えるのは道理でしょう。
もちろん、ヘルメットを着用したい人が着用するのは構いません。しかし、着用させるのが安全対策だと思って義務化してきた地区でも事故死者は減らず、むしろ増えています。本当に必要なのはヘルメットを着用して事故の時の頭を守らせることではなく、事故が起きないようにしなければならないと気づいたわけです。
クルマのドライバーにスピードを落とさせる、交通ルールを守らせる、交通弱者である自転車利用者を守ることを意識させる、クルマが王様だと勘違いさせない、そして自転車インフラの整備を進める、こういった方向で交通行政を進めるべきであり、ヘルメットにこだわっていると、むしろその道を見失いかねないと懸念するわけです。
なんと言っても人間の命が優先です。それがモータリゼーションの進行とともにクルマ優先になってしまっていることが問題なのです。ヘルメット着用を義務化することより、着用しなくても事故で人間が死亡しないようにすべきであり、そのことに気づき始めているのです。
ヘルメット着用の義務化は、自転車が危ない乗り物と意識されることにつながります。安全の責任を個人にばかり負わせることは誤りであり、自転車事故で死亡するのは、個人の選択のせいのようになってしまいかねません。それは有害ということから義務化が廃止されているのです。

自転車用のヘルメットは、サイクリストの死亡を防ぐのに全く十分とは言えません。着用によって死者を減らす効果が無いとの報告も多数あります。ならばヘルメット着用の義務化に意味はありません。それは本人の自由であり、行政府は、もっと他にやるべきこと、やらなくてはいけないことがあるのは明らかです。
もしかしたら、いま議論されているコロナ対策としてのマスク着用とも似ているかも知れません。専門家は当然のようにマスクが重要と言います。スーパーコンピューター富岳でのシミュレーションで飛沫を防ぐと示されました。しかし、本当にマスクを着用することで、コロナ感染を防ぐ効果があるのでしょうか。
マスクが有効とするならば、第7波であれほど急激に感染者が増えたのは何故でしょう。マスクをしている日本より、していない欧米の国のほうが感染拡大が緩やかで、数も少なかった事実があります。マスクに効果があるなら、世界で一番マスクをしている日本人が世界で一番急速に、一番感染が多くなるのは、理屈に合いません。
素直に考えるならば、実はマスクに感染を防ぐ効果があまり無いということでしょう。なんとなく防げる気がするだけで、本当はマスクをしてもしなくても変わらないという可能性があります。専門家ではないので言い切るつもりはありませんが、事実を客観的にみるとそうなります。実際、欧米ではしていなくても問題ありません。
中国でのゼロコロナ解除後も、当初人々は皆マスクをしていました。それでも僅かな期間に爆発的に感染が拡大し、10億人とも言われるほど急激に増えたのも理屈にあいません。隔離や自宅待機しなくなったとは言え、マスクに効果があるなら、もっと少しずつ拡大してもおかしくないはずです。
マスクくらいしておけばいいと考える人もあるでしょう。しかし、そのことの弊害もあります。マスク着用を呼びかけるほうが政府としてラクで、効果があると思っていたため、医療体制整備がおろそかになりました。マスクを外す機会ということで、飲食店が行動制限の標的となって苦境を強いられました。
後に、飲食店での制限の意味は乏しいと政府や分科会でも認められ、行動制限の中心だった飲食店への制限をやめたと聞きます。4人以内とか、2時間以内に意味があったとは到底思えません。マスク会食なんて、してもしなくても同じだったのかも知れません。
子どもは黙食を強いられ、友達の本当の顔を見ないまま、中学や高校の3年間を終わる生徒もいます。小さい子供たちのコミュニケーション能力の発達への影響も懸念されています。マスク警察などと呼ばれる現象も起きて、社会的な軋轢も生みました。
たしかに、物理的に飛沫を減らす効果はあるでしょう。しかし、感染対策としては、してもしなくても一緒だったとしたら、マイナスでしかなかったと言わざるを得ません。それも、マスクが有効と思い込んでしまったからでしょう。マスコミの報道や専門家の発言により、思い込み、バイアスがかかってしまったのです。

ヘルメットも同じで、着用してもしなくても、死亡事故を減らす効果は乏しく、死亡する時は死亡するのだとしたら、着用義務化は無駄で、むしろ有害です。そんなことより、事故を減らす方策を進めるべきです。オランダのように、ヘルメットに関係なく、事故を減らすような対策をすべきでしょう。
ヘルメットをかぶりたいと感じる人に、かぶるなと言っているのではありません。私も乗る車種によって、かぶります。その人のしたいようにすればいいだけです。親切心でヘルメット着用を勧めているつもりでも、それが有効な対策だというのは思い込みかも知れず、義務化こそ切り札のようになってしまうのが、むしろ問題です。
現時点では、努力義務です。強制力はありません。しかし、マスクの例を見ても、これだけ同調圧力の強い国です。やがてヘルメットをかぶらずにいられなくなるかも知れません。そして、そのことで方向性を誤り、もっと本来やるべき対策が進まなくなるのを危惧するわけです。
政府や警察はヘルメット着用こそ死亡者数を減少させるとばかりに邁進し、本当に安全にするための対策がおろそかになったり、クルマ優先でなく人間の命が優先という当たり前のことに気づかなくなる可能性があります。ヘルメット着用義務化の方向性が正しいのか、行政がやるべきことなのか疑ってみる必要があると思います。
◇ 日々の雑感 ◇
トルコ・シリアの地震は、死者2万8千人以上という大災害になっています。ただ、地震発生から100時間以上経過しても寒い中で多数が救助され、72時間を過ぎると生存率が急低下するとの定説は必ずしも正しくないようです。
体験上、自転車用のヘルメットは、自転車の単独事故(およびそれに準ずる事故)にはかなり有効と思いますが、対自動車の事故に関しては、ほとんど効果がないというのも事実でしょう。
すなわち、単独転倒において、受け身を取ったとしても。頭、特に側頭部が地面に接触してしまう可能性は高く、小石などがあったとしても、ヘルメットが吸収してくれるという点で、有効と思いますが、車と衝突し飛ばされたときなどの有効性は限られる(自動二輪用のヘルメットと比較してみればわかります。二輪車用はシェルが硬く、ショックを広い範囲に分散し、内部の吸収材も厚い)と考えます。
自転車側は、左側を正しい方法で通行するようにすること、自動車等側は、道路をシェアするという考え方、この2つをまずしっかり浸透させることが重要と思います。
今現在、自転車を最も危険な乗り物にしているのは、自転車乗り自身だと思います。左側通行・(レース用のそれではなく)道路交通法に定められた手信号を可能な限り提示することが、ヘルメット着用以上に大切と考えます。