March 23, 2023

なぜ自転車盗件数が多いのか

オランダは自転車王国です。


首都アムステルダムも、世界有数の自転車先進都市として知られています。その先進性は、自転車インフラの充実や、単に自転車が都市交通として移動に活かされているというだけではありません。これまでも取り上げてきましたが、さまざまな面で、そのことが感じられます。

先頃発表された画期的な研究で、また一つ、その先進性が明らかになりました。それは、自転車の盗難を減らそうとする取り組みです。多くの国の多くの都市で自転車盗は問題となっていますし、その防止、抑制に取り組んでいるわけですが、アムステルダムの取り組みは他とは違います。

日本では自転車盗を防ぐため、自転車への施錠を啓発したり、無施錠の自転車に勝手に施錠して、開錠のために連絡させたりといった取り組みが報じられます。ただ、効果は限られていますし、施錠していても盗まれています。同じようなことばかりで、昔と比べて対策が進歩しているとも言えません。

アムステルダムでは年間8万台以上の自転車が盗まれています。オランダ全体では60万台とも推定され、被害額は推定6億ユーロに上ります。到底無視できない金額です。この損失を減らすことが出来れば、そのぶんを他の消費に回せるなど、経済効果も期待できるはずです。

Photo by Kristian Ovaska,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.Photo by Massimo Catarinella,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.

実際に盗難届が出されるのは約1万1千台分です。アムステルダム市はその実数は、28500台を下らないと見ており、関係団体によれば、合理的な推計として8万台を超えるはずとしています。つまり、多くの人が届けを出さず、どうせ戻ってこないと最初から諦めているわけです。事実、ほとんど戻ってきません。

少なくとも一年のうちに、自転車を使っている住民の18%が盗難を経験するという推計もあります。これによれば、アムステルダムでは年間10万件を超える盗難が起きていることになります。これだけ件数が多いと、警察の検挙が到底期待できないばかりか、全体像も掴めません。信頼できるデータも無いのが実情です。

日本と違って、駐輪する時に施錠するのは当然ですが、それでもこれだけ盗まれます。仕方なく再購入しても、いつまた盗まれるかわかりません。あまり高いものを買うのは止めようと考える人も多いはずです。それだけ、自転車の新品の売上高は減ることになり、ここでも経済的な損失が起きていることになるでしょう。

Tracking stolen bikes in Amsterdam

こうした事実から、アムステルダム市は、たかが自転車盗、自転車盗は仕方ないことと放置しておくわけにはいかないと考えています。どうすれば自転車盗の犯行件数を減らせるか、その方策を探る必要があります。これだけの件数を具体的に把握することは無理としても、まず実態を探ることにしました。

年間、相当な台数が盗まれているわけですが、素朴な疑問として、盗まれた自転車がとこに行くのかと首をかしげたくなるのは当然でしょう。これまでは、どこか海外に運ばれ、売りさばかれているのではないかという見方が一般的でした。これも妥当な推測だと思います。

そこで、マサチューセッツ工科大学Amsterdam Institute for Advanced Metropolitan Solutions という研究所、デルフト工科大学と共同で調査をすることにしました。具体的には、調査のために用意された自転車に、GPSによる追跡装置を取り付け、市内に置いて、どう動くかを探るという画期的な研究です。

Tracking stolen bikes in Amsterdam

置かれる自転車はも、古くて使い込まれたものから、新品に近く、目をつけられやすいもの、有名ブランドからノーブランドの量販車まで、なるべく実態に近い状態を再現しました。市内をグリッドで分けて地域は分散しています。住宅街から治安の良くない地区などいろいろです。

置く場所は、周辺環境がさまざまな場所にしました。例えば、鉄道駅、バス停、カフェの前、大学、ファーストフード店前、フェリー乗り場、ホテル前、ナイトクラブ、スーパーの駐輪場、タクシー乗り場、自転車店の前など、なるべく違う条件の場所です。もちろん施錠してあります。

SigFox と呼ばれるIoTや、ローカルGPS検知装置で、バッテリーは3年以上持つ装置をわからないように装着してあります。移動し始めると、10分ごとに位置情報を更新して送信します。停止状態が5分以上続くと、そのことも送信されます。

Tracking stolen bikes in AmsterdamTracking stolen bikes in Amsterdam

5ヶ月の間に、全体の70%が盗まれました。そして驚くことに、その96%が依然としてアムステルダム市内にとどまっていることがわかったのです。どこか海外に運ばれて売られるのではなく、市内で流通していたのです。3〜6%は、中古自転車店近くに十分な期間置かれており、ここで販売されたと推定されます。

12%は、自転車のブラックマーケットとして疑われている場所に運ばれていました。さらに22%が、非常によく似た動きをしており、何らかのネットワークの一部として動いているように見えます。こうした分析により、従来考えられていたのとは違う実態が見えてきたのです。

すなわち、どこか海外へ運ばれて売りさばかれるのではなく、アムステルダム市内で流通していること、何らかの組織が関与している可能性が高く、個人だけではなく、組織的な犯行グループが関与していると思われることです。個人の自転車泥棒の犯行もあるでしょうが、組織犯罪が強く疑われるのです。

Tracking stolen bikes in AmsterdamTracking stolen bikes in Amsterdam

盗まれた人にしてみれば、すぐ近くで使われている可能性が高いわけです。もしそうであっても、よほど特徴のある自転車でもなければ気がつかないでしょう。同じメーカーの同じモデルだったとしても、少しクリーニングしたり、偽装されれば判別は困難と思われます。

わざわざ輸送費をかけて海外まで持ち出すより、自転車の高いニーズのあるアムステルダムで売りさばいたほうが、コストもかからず、よく売れるということなのでしょう。特に高価なブランドの自転車でも、ほぼアムステルダムに残っていたことにも調査チームは驚いています。

個人の不届き者がいないとは言いませんが、組織的な犯行だからこそ、これだけの被害台数が毎年発生すると言われれば納得がいきます。つまり、盗まれて売られ、それを買う人がいて、それに乗り、また盗まれるというサイクルが出来ていたと思われるのです。

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かなりの確率で盗まれますし、また盗まれると思えば、なるべく安く中古で入手したいと考える人は少なくないでしょう。中古自転車店だけでなく、フリーマーケットや非公式のチャンネル、出所が怪しい自転車を購入する人が多いこともアンケート調査でわかっています。このことも盗難自転車の循環を促すわけです。

安い購入先から買うことを責めるのは酷です。なかには1年半に7回盗まれたという人もいます。もちろん施錠して注意していたにも関わらずです。正規の自転車販売店、販売ルートから新品を購入しようという意欲がどんどん低下していくのは責められないでしょう。

ちなみに、オランダの警察では、自転車泥棒を捕まえるためベイト自転車、囮の自転車を使っています。この調査はそれとは違い、移動させた人を検挙することはありません。売り渡され、新たな所有者になったと思われる人に返還を求めるようなこともありません。データ収集もプライバシー侵害にならないようにしています。

Tracking stolen bikes in AmsterdamTracking stolen bikes in Amsterdam

この調査は、アムステルダムで行われたもので、他の都市にもあてはまるとは限りません。自転車利用率の高いアムステルダムにおける特有の事象である可能性もあります。汎用性があるとは言えないわけですが、少なくともアムステルダムで盗難被害を減らす手がかりにはなるはずです。

他にもデータの分析により、自転車がたくさん並んでいる場所のほうが盗まれやすいとか、盗まれる曜日や時間帯など、いろいろなことがわかりました。もちろん、移動データに示された中古自転車販売店が犯行に関与しているかなど、慎重に判断しなければならない事項もあります。

盗まれた多くの自転車が集積されたと思しき場所は、場合によっては警察の捜査に役立つかも知れません。もしかしたら、特定の組織の検挙につながる可能性もあるでしょう。しかし、捜査のためではなく、アムステルダムにおける自転車盗の全体像を明らかにするのが目的です。

Tracking stolen bikes in AmsterdamTracking stolen bikes in Amsterdam

全体像が浮かび上がったとしても、すぐに解決に結びつくわけではありません。犯罪組織を一網打尽に出来るわけでもないですし、何かポイントがあって、それを解消すれば、即解決するような単純なものではないでしょう。いろいろと複雑で、解明できない部分もあるに違いありません。

それでも、どういう場所で、どのような時に盗まれるかというデータは、自転車盗被害を防ぐ、減らす上で役に立つに違いありません。実際に、そのような分析が始まっています。こうした試みが、どれくらい成果を上げるかは今後の推移を見守る必要があります。

一朝一夕に、目に見える効果をあげるのは難しいでしょう。地道な対策を施していく必要があると思われます。ただ、啓発やキャンペーンなど、旧態依然とした方策を繰り返すだけの都市とは違います。自転車盗そのものを減らすべく取り組みを進めるアムステルダムは、やはり、さすが自転車先進都市と言えそうです。







◇ 日々の雑感 ◇

WBCは侍ジャパンの劇的な優勝でした。逆転サヨナラの準決勝、大谷選手が気迫で抑えた決勝と感動しました。

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