同国の政治・経済・文化・交通の中心であり、全人口のおよそ44%がダブリン首都圏に住むという、同国最大の都市です。その歴史は古く、有史以前から人が住んでいたことがわかっています。近代的な都市であると同時に、古い中世の街並が残っていたりします。
Harold's Cross は、ダブリンの南の郊外に位置する街です。ここも、中世の面影が残る美しい街並が見られます。ただ、ここに限りませんが、古い街並の残る街は、一般的に道路が狭いのが難点と言えるでしょう。場所と時間帯によっては渋滞に悩まされることもあります。
朝の通勤・通学の時間もそうです。日本で、小学生の集団登校は日常的な光景ですが、欧米ではそうではありません。子どもが登下校時に一人で歩いていることもありません。子どもが犯罪に巻き込まれかねないので禁止されており、下手をすると、児童虐待で通報されかねません。スクールバスなどでの通学が一般的でしょう。
スクールバスが無い学校の場合、多くの親はクルマで送迎することになります。欧米では通勤にクルマを使う人が多いので、その途中に学校に立ち寄り、子どもを送り届ける光景が見られます。ただ、時間が集中するため、学校前の道路が狭かったりすると渋滞は避けられません。
子どもを降ろすのは短い時間でも、時間的に集中すると混み合います。学校の前の道路に送迎のクルマがズラリと駐停車することになり、その列を避けようとした自転車利用者との間で事故が起きたり、子どもが死角から飛び出して事故になるなど、渋滞だけでなくトラブルが多発するのは、ダブリンに限ったことではないでしょう。
そこでダブリン市内の小学校では、新しいプロジェクトが実施されました。
学校が親に自転車を貸し出すという試みです。学期中の一定期間、電動自転車、カーゴバイク、フォールディングバイクなどを貸し出します。借りる前に試乗してみることも出来ます。
つまり、学校への子供の送迎に、自転車を使うよう促しているわけです。カーゴバイクに子どもを乗せてもいいですし、上級生ならば自分の自転車に乗らせ、親が伴走して登校してもいいでしょう。いずれにせよ、自転車での登校、送迎を促すことで、学校前の道路の混雑や事故、トラブルの減少が期待できます。
親はそのまま自転車で通勤する場合も多いと言います。これはクルマの利用を減らすことにもつながるわけで、気候変動対策の取り組みでもあります。トラック輸送を環境負荷の小さい鉄道輸送に転換することをモーダルシフトと言いますが、子どもを乗せるのをクルマから自転車に転換してもらう、一種のモーダルシフトです。
学校としても、親にいきなり送迎をカーゴバイクにしろ、購入しろと言うわけにはいきません。親も戸惑うか反発するに違いありません。そうではなく学校が貸し出すことで、自転車での送迎を試してもらおうというわけです。今どき、クルマの利用を減らしたほうがいいことは親もわかっているので、これに応じる人は多いと言います。
朝、学校付近が渋滞して時間がかかるのは悩みの種です。自転車ならぱ渋滞は避けられ、時間短縮になります。ただ、普通の自転車は持っていても、カーゴバイクや電動アシスト自転車などの所有率は低く、価格も安くないので、購入をためらう人は多いはずです。でも、無料貸し出しならば試してみる気になるに違いありません。
一度に最大3ヶ月ほど電動自転車などを貸し出した結果、返却した後に新しく自分で購入する人が続出しました。同時に、あまりクルマを使わなくなったという話もよく聞くようになったそうです。最大3ヶ月間でも、十分に自転車の良さ、自転車でも十分だということが実感できたのは間違いないでしょう。
この自転車貸し出しプロジェクトは、市内の大学、
University College Dublin が主導し、アイルランドの国交省にあたる、
National Transport Authority が運営しました。この学校による自転車貸出ライブラリーは、昨年9月にアイルランドで初めて導入され、驚異的とも称される成功を収めました。
おそらく、コロナ禍で自転車が見直され、乗る人が増えたこと、ガソリン価格の高騰など、タイミング的なこともあったのかも知れません。導入して7ヶ月ほどで、朝の学校の前で、送迎のために駐停車するクルマが、ほとんど無くなったそうです。校庭の隅には、子供たちが通学に使う自転車がズラリと並んでいます。
朝の渋滞や事故防止、それに環境負荷軽減だけでなく、子どもの健康や行動面の効果も実感されたようです。親や子どもが自転車で登校、送迎することの良さに気づいたとの声は多いと言います。当初は10校でしたが、来月からダブリン市内の10校が追加され、秋にはさらに10校増やされる予定になっています。
このプロジェクトには、50万ユーロほどの費用がかかりますが、アイルランド国家運輸局の資金提供を受けています。実はアイルランド、オランダやデンマークなどほど有名ではありませんが、国や自治体が自転車の活用の推進、インフラ整備を積極的に進めているのです。
ダブリン市も、1990年代から市内全域への自転車専用レーンの設置を開始し、2012年には総長が200kmを超えました。一時、世界の自転車に優しい都市ランキングの9位にランクされたこともあります。市内のシェアサイクルは、年間200万回以上利用されています。
電動自転車やカーゴバイクなどを貸し出すことで、子どもの送迎方法のモーダルシフトをもたらしたばかりか、それをきっかけに、ふだんの自転車での移動も増え、クルマの利用が減る結果になりました。自転車の良さ、便利さを、あらためて実感させる効果は小さくなかったようです。
アイルランドの運輸大臣、Eamon Ryan 氏も、このプロジェクトを大いに評価し、結果を歓迎しています。子どもの気候変動への理解や行動にもつながると、将来的な効果も期待しています。朝の渋滞を利用して自転車への乗り換えを進める、自主的な決断の背中を押す、上手い取り組みと言えるのではないでしょうか。
◇ 日々の雑感 ◇
岸田首相はゼレンスキー大統領へのお土産に、地元特産の「必勝しゃもじ」を贈りました。地元関係者でさえ苦言を呈するこの感覚、世間一般ともかなりズレています。首相周辺に、これを諫める人はいなかったのでしょうか。
Posted by cycleroad at 13:00│
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