August 20, 2023

市民が市民に安全運転を促す

Photo by PFHLai,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.トロントはカナダ最大の都市です。


首都はオタワで行政機関などが集中していますが、人口は100万ほどのオンタリオ州の一都市に過ぎず、同州の州都であり、都市圏人口は6倍以上のトロントが最大都市ということになります。経済や文化の中心となる商業都市であり、北米屈指の世界都市でもあります。

そのトロントに新しく、市民から称賛される人物が現れました。市内在住の、Martin Reis さんです。先月末から何度か市内の交差点に立ち、ボランティアで交通安全を推進する活動を行っているのです。その活動は、今まで街で誰も見たことの無いものです。

Photo by PFHLai,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.This image is in the public domain.

なんと、サッカーの審判の格好をし、ルール違反やマナーの悪いクルマのドライバーに対しホイッスルを吹き、イエローカードやレッドカードを提示し、自重や反省を促すというものです。突然カードを出されたドライバーは、何が起きたのか、とっさには理解できないかも知れません。

しかし、サッカーの審判が出すカードや、その動作は、世界の共通語とも言うべきポーズです。自分が違反をしたこと、注意されていることは誰でも理解するでしょう。この動作をしてクルマの前に立ちはだかり、歩行者やサイクリストの安全を確保しているのです。

Martin ReisMartin Reis

市内の特に混雑する場所、悪名高い交差点で監視をしています。歩行者信号が青で、歩行者が渡っているのに、強引にその横断歩道を通過しようとするクルマだとか、自転車レーンに侵入したり、無理やり横切るなど、通行するサイクリストを事故に巻き込みかねない危険なドライバーの行く手を遮ってカードを出します。

トロントも大都市の例にもれず、通勤ラッシュ時の渋滞が激しく、先を急ぐクルマが少なくありません。そのため、歩行者が避けるのをいいことに、無理やり横断歩道を通過しようとしたり、サイクリストの危険を考えずに右左折するような、ルール無視やマナー違反のドライバーが少なくないのです。

Martin ReisMartin Reis

Reis さんにカードを出されなくても、自分が違反していることは自覚しているのでしょう。おとなしく停止して、注意を受け入れているように見えます。この光景を目撃した市民は、『トロントにふさわしいヒーローだ』とする動画をSNSに投稿して広くシェアするなど反響が広がっています。

『これは面白い方法だ』とか、『帰り道でこの人を見かけ、財布の中の現金を全部渡したいと思った』などとコメントするサイクリストなどが続出しています。トロント市内の道路が危険に満ちていることに、これを見て市警察は目を覚ますべきだと呼びかける人もいます。



“The Federation of International Fun Artists (FIFA)”、国際ファンアーティスト連盟と称する団体は、『横断歩道の審判』“Crosswalk Referee”と名付けています。もちろんあの FIFA、国際サッカー連盟 “Federation Internationale de Football Association”とは関係ありません。

ただ、Reis さんが、先月から行われている、FIFA 女子ワールドカップにインスピレーションを得たのは確かです。この一種のパフォーマンスは、サッカー(フットボール)という世界共通の認識とユーモアで、都市環境における歩行者やサイクリストの安全の確保をアピールする目的だったわけです。( ↓ 動画参照)



女子ワールドカップは、8月20日の決勝戦で幕を閉じます。Reis さんは来週も一度は交差点に立つつもりですが、その後は考えていません。ただ、地元のドライバーたちに、知らず知らず歩行者やサイクリストを危険に晒しており、イライラして冷静さを失いがちなことを啓発できたのではないかと結果に満足しています。

Reis さんは独立系のフォトジャーナリストで、熱心なサイクリストでもあります。彼はトロントの自転車環境が上向きになってきていると感じていることも、この行動をとらせた面があるのかも知れません。先月、新しいトロント市長、Olivia Chow さんが就任したのです。

Olivia ChowOlivia Chow

Chow さんは、積極的なサイクリングの提唱者として知られ、トロントで一年中自転車に乗っている人です。市長としての登庁初日も自転車通勤でした。自転車に乗ることの広範なメリットを理解し、自身も何十年も自転車に乗っています。そして自転車インフラの整備の推進を公約に掲げて当選しました。

もちろん大都市ですから、自転車インフラだけが懸案ではありません。市の財政や税収不足、銃乱射事件を含む暴力犯罪、移民や子育てほか福祉の問題など課題は山積しています。ただ、トロントの酷い渋滞の問題も選挙戦の主要な争点となりました。

Olivia ChowOlivia Chow

渋滞は自転車レーンのせいだとし、就任したら一部のレーンを撤去し、レーンの拡大を取りやめるなどとして物議を醸した対立候補を下して当選したのです。自転車レーン整備に反対する候補者たちの得票率を全部合わせても、50%未満だったことも追い風になるでしょう。

ロンドンのボリスジョンソン元市長や、ニューヨークのマイケルブルームバーグ元市長などの例を挙げるまでもなく、自転車政策に熱心な市長の元では、都市の自転車環境は大きく充実しています。Olivia Chow さんの経歴や主張を知っている市民が強く期待するのも当然でしょう。

Photo by Paul Barker Hemings,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.Photo by Patrickneil,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.

もちろん、主要な争点になったのを見ても、議会などに反対派が少なくないことや、同市で初めての有色人種の市長ということも影響がないとは言えません。ただ、1991年からトロント市議会議員を務め、2014年の市長選に出馬した時も自転車インフラ整備を公約に掲げていました。

彼女の経歴やこれまでの主張をみれば、トロントのサイクリストの期待は高まります。街の成長で渋滞は増大していますが、そのために自転車レーンを削るのでなく、むしろ自転車の活用こそが必要だと考えています。それは持続可能な都市をつくるというビジョンとも一致します。



2016年に策定されたにも関わらず、前の市長が全く取り組まなかった、トロントのビジョンゼロ交通安全計画も、その推進が期待されています。道路上で人命が失われることを容認出来ないという野心的なビジョンです。その6つの重点に、歩行者、学童、高齢者などと共にサイクリストの安全が含まれています。( ↑ 動画参照)

この、Olivia Chow さんの就任により、クルマ重視の市政から流れが転換しつつあることを感じている市民は少なくないようです。Martin Reis さんの横断歩道審判が市民に支持され、SNSなどで大きな反響を呼んだことも無関係ではなさそうです。

Martin ReisMartin Reis

しかし、この審判、なかなか勇気のある行動です。先を急ぎ、イライラしたドライバーとトラブルになっても不思議ではありません。乱暴で理不尽な行動をとるドライバーもいますから、身に危険が及んでもおかしくないでしょう。サッカーの審判を模したものとして笑ってくれる人ばかりではないはずです。

ただ、考え方を変えれば、クルマのドライバーも案外こうした人の行動で我に返ったり、反省することも多いのかも知れません。日本でも、朝の通学路の交差点に立って、黄色い旗などを振ってクルマを止め、児童の安全な横断を見守る活動をする人を見ることがあります。

Martin ReisMartin Reis

おそらく地域のボランティアで、普通の市民なのは一目瞭然ですが、ほとんどのドライバーは、信号のない横断歩道でも、例え急いでいたとしても従って停車して待つでしょう。それが交通ルールであり、歩行者優先は当然のこととは言え、同じ市民の立場ながら、その活動を尊重し、敬意を払う部分もあるのではないでしょうか。

警察官が制止すれば従うのは当然ですが、警察官の数は限られます。それを全国の地域のボランティアが補っている形です。こうした人たちの呼び方は、地域でそれぞれだと思いますが、もう広く浸透し、ドライバーにも認知される存在となっています。

この『横断歩道の審判』、ドライバーがつい急ぐ心を鎮め、イライラに気づき、何より事故を防ぐ点で、なかなか有意義です。マナーの向上も期待できるでしょう。サッカーの審判の格好がいいかはともかく、自分たちの都市の交通安全を、同じ市民が啓発するような仕組みがあってもいいのかも知れません。










◇ 日々の雑感 ◇

中国の不動産大手「恒大集団」がアメリカで連邦破産法の申請をしました。最大手の「碧桂園」も巨額赤字を出して債務超過となり、バイデン大統領は時限爆弾と表現してます。世界経済や日本への影響も気になるところです。

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