外観的にも、見ればすぐ理解できるような単純な仕組みになっています。電動アシストなどがなければ、動力は人間の力だけで、ギヤやチェーンを見れば、どのように力が伝わるか一目瞭然です。最初は多少の練習が必要ですが、誰でもすぐ乗れるようになり、細かいことは何も考えずに乗ることが出来ます。
しかし、その印象に反して、実はそう単純ではないという話を以前書きました。数学者の、Jim Papadopoulos さんは、有名な科学誌、“Nature”に“
The bicycle problem that nearly broke mathematics”という論文を投稿、掲載されています。
『数学をほぼ崩壊させた自転車問題』です。
Jim Papadopoulos さんは、自転車の数学的・物理的な仕組みについて、生涯をかけて熟考してきた学者です。それほど深い謎が、自転車が安定して走行する仕組みには隠れているのです。なぜ自転車がバランスをとって走行できるかという命題は、実は数学的には非常に謎が多いと言うのです。
自転車は誰も乗らずに走らせても、勢いがあるうちは直進します。しかし、ハンドルを固定した場合、路面の状態などで傾くと、直進せず倒れてしまいます。車体がどちらかの方向に傾きだすと前輪が同じ方向に切れることで、車体を中心に戻そうとする働きが起こることで車体の傾きが元に戻り、倒れずに走るのです。
自転車に乗って走行する時、普通ハンドルを切って曲がるか、体重移動で車体を傾けて曲がると思っています。間違いではないですが、例えば左に曲がるためには、いったん右に逆操舵をする必要があります。そんなことをしている意識はないという人がほとんどだと思いますが、次の動画を見れば、わかります。( ↓ 動画参照)
誰もが気づかずに逆操舵をしていることを明らかにするため、特殊な自転車を制作しています。ハンドルバーを遠隔でロックして、片方にしか曲げられないようにしています。例えば、ハンドルを左に切ることは可能ですが、右には切れないのです。
それでも左には曲がれるだろうと思うでしょうが、実は曲がれません。左に曲がるためには、いったん少し右にハンドルを切る、カウンターステアリングをしないと曲がれないのです。これは多くの人は意識していないと思いますが、意外な事実です。右に曲がる時は逆です。
実は、自転車にはこのような、かかる力の相互作用や安定性の秘密がいろいろあります。見た目によらず、全然単純ではないのです。なにしろ、専門家に言わせれば、数学の常識が崩壊するほどの問題、謎があり、いまだに議論が続いているのです。まだまだ仕組みが完全に解明されていないことになります。
数学や物理学に興味のある人なら、自転車の仕組みについて考えたことがあるかも知れません。そうでなくても、なぜタイヤを支えるフォークは真っ直ぐ鉛直になっていないのか、いわゆるキャスター角があって、それがどのように作用し、必要なものなのか疑問に思ったことはないでしょうか。
シンプルな構造に見えるけど、なぜスポークは、あんなに細くても曲がらずに重い体重を支えられるのか、交互に角度がついているのは何故か、ペダルにかける力は、どのように地面に伝わるのか、といった素朴な疑問を持っている人はいないでしょうか。
そうした自転車の物理学について、
わかりやすく図解して説明しているサイトがあります。基本的なことから、構造的なことまで説明しています。エンジニアの、
Bartosz Ciechanowski さんという人によるものです。サイトの図解はスライダーを動かすことで、より理解しやすいようになっています。
最初は、木の箱を動かす力の話から始まります。複雑な相互作用を理解するための前段階として、外力と反力、そして生じる加速度の説明です。次に、物体を回転させる作用、モーメントです。高校程度の物理学ですが、苦手だった人でも、ビジュアルで直感できるような形で説明されています。
自転車に乗っている時にライダーに作用する力の説明が続きます。前傾姿勢をとることで、前後のタイヤにかかる力が変わります。ペダルを踏むことで、どのような力が発生し、どのように伝わるかも説明されています。そのほか、タイヤの角速度やスリップ率など、地面に伝わる様子が語られます。
このあたりに来ると、なるほど決して単純ではないと感じるでしょう。左右のバランスと重心、横力、スリップ角、キャンバースラスト、ジャイロ効果、といった物理学用語も出てきます。前輪が地面に接触する場所からステアリング軸が地面と交差する場所までの水平距離、すなわちトレイルやキャスター角も説明しています。
タイヤのハブに荷重がかかった時に、スポークには張力がかかることも説明されています。このスポークにかかる力が説明され、実はハブからスポークが放射状に出ていないという事実に気づかされるでしょう。タイヤの構造もよく見ると、いろいろな工夫によって出来ています。
フレームも、典型的なダイヤモンドフレームをはじめ、いくつかの形があります。なぜこのような構造なのかにも理由があります。フレームにかかるライダーの体重と、たわみ、かかる応力が関係しているだけでなく、フレームの断面の幾何学的特性まで関わってきます。
少し難しい部分もありますが、絵を動かしてみるだけでも、なんとなくイメージは湧くと思います。実は自転車は、単純な機械どころか、その安定性の仕組みがしきりに研究されており、この20年間だけでも新しい発見が次々と発表されているのだそうです。
普段、自転車に乗るのに直接役に立つような知識ではありません。ただ、実は多くの研究者が喧々諤々の議論をするような深い学術的な面があり、その安定性には未だ謎が存在しているのです。素材や加工技術の面だけでなく、自転車の仕組みそのものが科学であり、研究対象であり、学問だというのも面白いところです。
参考:
Human Control of a Bicycle: Jason K. Moore
Bicycle Dynamics/Delft University of Technology
bikewheel.info
Bicycling Science, Fourth Edition
A bicycle can be self-stable without gyroscopic or caster effects(PDF)
Historical Review of Thoughts on Bicycle Self-Stability(PDF)
dashdotrobot.com/Matt Ford(UW Tacoma)
Why Don't Bicycles Fall Down - Andy Ruina ( ↓ 動画参照)
◇ 日々の雑感 ◇
エンゼルス・大谷翔平選手の右肘の手術が無事成功してホッとした人は多いでしょう。今シーズンはWBCからフル稼働で心配された故障が現実になってしまいましたが、来期はよりパワフルになって戻って来てくれるでしょう。
Posted by cycleroad at 13:00│
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