水や空気、食べ物など基本的なもの以外にも、必要なものを手に入れるためのお金、それを得るための仕事も必要となります。社会生活を送るという意味では、住む場所も必要ですし、着る衣服もいります。そのほか、いろいろと必要になってくるものがあるでしょう。
では、生きていく上で過酷な環境にいる人、ホームレスの人は何が足りずに困り、何を必要としているのでしょうか。そんな疑問を持った人がいます。イギリスはロンドン芸術大学のカレッジのひとつ、Central Saint Martins を卒業した、
Luke Talbot さんです。同校は著名なデザイナーを輩出していることでも知られています。
彼は最終学年の論文のための個人プロジェクトとして、ロンドンのホームレスをなくすことに貢献するデザインを調査していました。このテーマを選んだ理由は、アメリカはシカゴ在住のイラク系アメリカ人アーティストで、ノースウェスタン大学の教授でもある、
Michael Rakowitz さんの作品、“
paraSITE ”でした。
これはホームレスの人のために設計されたシェルターで、ピルの暖房や換気、空調システムの屋外の排気口に取り付けられます。雨露をしのぐだけでなく、暖かい空気を取り入れられるので、寒い冬に凍死することも防げるわけです。実際にプロジェクトとして、ボストンやニューヨークなどのホームレスの人に配布されています。
この作品に触発され、Talbot さんは、ホームレスの問題に関心を持つようになりました。ホームレスに陥っている人たちを支援するため、デザインの力を使って何か出来ないかと考えたのです。自分で工業デザインの勉強をしていくなかで、世の中に本当に役に立つデザインを追求すべきだと気づいたのです。
そこで、ホームレスの人や経験者に、必要だが手に入りにくいものは何か、聞いてまわりました。もちろん、いろいろあるでしょうが、例えば食事は炊き出しなどの支援があります。寝る場所は既に工夫して確保していますし、日用品や衣類等もNPOの支援など、手に入れる場所や方法があります。
どれも必ずしも手に入れやすいとは限りませんが、一番手に入りにくいと多くのホームレスの人が口を揃えたのは「電気」でした。つまり、スマホのバッテリーを充電するのに苦労すると言うのです。意外な感じもありますが、バッテリーを充電するための場所がないことに一番苦労していたのです。
ホームレスというと単なる怠け者だとか世捨て人のように考える人もいます。しかしそうではありません。望まない境遇ですがホームレスにならざるを得なくなった人が多くいます。例えば、不慮の事故や病気などにより、突然働けなくなる人もいます。
そのような場合、失業保険以外に、日本だと生活保護の制度があります。各国には形は違いますが、それぞれに公的扶助の制度があります。ただ、すぐに公的扶助による援助を受けられるとは限らず、制度の存在を知らない人も少なくありません。それで少なくとも一時的に野外生活を送ることになる人もいます。
日本では、いわゆる派遣切りに遭い、住んでいる場所が職場の寮だったりすると、いきなり職と住む場所を失うことになります。自分がホームレスになるとは思いもよらなかった人も多いと言います。とりあえず仮の寝所で職を探しているうちに、見つからずに蓄えがつき、屋外で過ごさざるを得なくなるケースも多いようです。
職を探すためには、情報が必要です。職業安定所のような公共の場所もありますが、今どきならネットは欠かせません。まず職を得て、住むところを探すためにもスマホ等は欠かせないでしょう。以前から使っていたスマホと、ネット接続に無料Wi-Fiがあったとしても、バッテリーの充電には苦労するというわけです。
行政の福利厚生などの制度の申し込みにも、今どきは多くの国でネットが使われますし、職業の斡旋を依頼すればメールやテキストメッセージによる連絡もあるでしょう。銀行口座への振り込みなどの取引もあるでしょうし、ホームレスであっても、ネット環境は欠かせないのです。
職探しだけではありません。何もしなかったら、飢え死にしかねません。例えば、今日はどこで何時から炊き出しがあるといった情報を得ることも重要です。昔は仲間の口コミだったかも知れませんが、歩いて移動して知り合いを探して話を聞くのでは非効率です。連絡や口コミ情報の取得にもスマホは欠かせないわけです。
中にはネットを使って日銭を稼いだりする人もいます。食料や、日々必要なお金を得るためにも情報やコミュニケーションのツールが必要です。今どきはどうしてもキャッシュレス決済が必要なこともあるでしょう。そんな欠かせないスマホですが、一番アクセスしにくいのがバッテリーの充電場所だと言うわけです。
彼の調査によれば、ロンドンのホームレスの人のほとんどがスマホを所有していました。スマホの充電の電気代など僅かなものだと思いますが、屋外にコンセントはなかなかないでしょうし、あってもフリーではありません。どこかのコンセントから勝手に充電すれば、立派な窃盗罪になってしまいます。
そこで、Talbot さんが考え出したのが、“
My Powerbank ”です。自転車を使った充電器です。ありふれたアイディアのように見えますが、工夫があります。内蔵された強力な磁石で自転車のフレームに取り付けます。ディレイラーのプーリーのような部品がついていて、チェーンで回転させるのです。
ペダルは逆方向にこぎます。普通の方向にこぐとタイヤが回転してしまいます。そうなると後輪を浮かす必要がありますし、タイヤが回転するぶん、余計に力も必要です。このことにより、ロンドン市内のシェアサイクルに取り付けても、ペダルを後ろに回転させるだけなら、駐輪されたまま出来るということになるのです。
日本だと、ホームレスの人が移動やリサイクル品の運搬などのため、自転車を持っている場合も多いようですが、必ずしも自転車を持っているとは限りません。そこでシェアサイクルが使われていない状態、ステーションに駐輪しているのを、その場で拝借して発電し、充電が出来るというわけです。
現実に即した工夫です。この“My Powerbank”を取り付けて25分ほどペダルをこぐことで、スマホの1回分のフル充電が可能です。容量は最大4回分で、中古のバッテリーを使い、よくあるダイナモを内蔵した筐体は3Dプリンターで制作しました。表面の設計書きは夜間でも判読できるUV印刷にしました。
慈善団体やNGOなどとも協力して部品を大量に調達すれば、製作費用は3ポンド(約540円)ほどと安くできる見込みです。この程度の費用ならば多く生産し、ホームレスの保護施設などを通して、困っている人たちに配布できると考えています。
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この“My Powerbank”は、“
MullenLowe NOVA Awards ”という賞にも選ばれました。その賞金は生産の準備に使い、なるべく充電に必要なペダルをこぐ時間が短縮できるような改良も考えています。一回限りではなく、壊れた場合は保護施設に返却して修理をし、また提供するような循環型のシステムを構築したいと考えています。
自転車のペダルをこいて充電というのは、よく見ますがペダルはみな順回転です。逆回転させるというのはユニークです。使われていない状態とは言え、シェアサイクルを勝手に拝借して充電というところが、やや図々しいと言われそうですが、その目的に免じて許してもらえるでしょう。
これは、災害の時のツールとしても使えそうです。日本では東日本大震災の時に、情報や家族などとの連絡の途絶が問題となりました。もちろん停電などで基地局が使えなければ仕方ありませんが、手元のスマホや携帯電話の充電のニーズも実感されました。
災害時にいろいろ必要なものがわかりました。道路が瓦礫で寸断される中、家族を探したり、避難所から家に一時的に帰ったりする移動、避難所ごとに過不足のある支援物資の運搬などに、自転車が大いに活躍しました。これを受けて自転車を備蓄する地区も増えたと聞きます。
それに加えて、このような充電器があれば、必要に応じて人力発電が出来ます。スマホの充電だけでなく、トイレを流す水を供給するポンプなども電源がないと動かずに困りました。人力は効率的とは言えませんが、他に手段がない時には頼りになります。そして人力なら一番力が出る脚力を使うのがベストでしょう。
災害の時には、もちろん食料や水、日用品などが必要です。生きるために当然です。でも、それだけではなく、情報も必要ですし、例えば避難所でのプライバシーの確保の必要性なども実感されました。ホームレスの問題と災害対策はまた違いますが、生活していく上で必要なものは、意外にいろいろあると言えそうです。
◇ 日々の雑感 ◇
地域にもよりますが、3連休は必ずしも天気に恵まれない日があるようです。いつどこに出かけるか悩みますね。