ロンドンのバッキンガム宮殿の外で爆発が起きました。
エイプリルフールではありません。爆発で火災も発生しましたが、すぐに消し止められました。実は門の外に駐輪されていた電動トライクのバッテリーが爆発したもので、テロや爆発物などによるものではなかったため、大きなニュースにならず、海外ではほとんど報じられませんでした。自然発火だったようです。
前回は電動アシスト自転車や電動自転車、e-bike のバッテリーによる火災が世界で懸念されていることを取り上げましたが、こうした火災の問題の背景や、なぜ拡大していて止められないかについて、主にイギリスでの状況や議論などから、もう少し考えてみたいと思います。
まず、電動アシスト自転車や電動自転車、e-bike あわせて、ここではバッテリー自転車と呼ぶことにしますが、これらの台数が急拡大していることが背景にあります。気候変動対策として、交通分野において最も有望なソリューションであると見られていることも、それを後押ししています。
保険会社の調査によると、
イギリスの成人の7割は、バッテリー自転車における火災のリスクを意識していないと言います。ましてや、リチウムイオン電池による火災が普通の火事と違って爆発性があり、大量の有毒ガスが発生し、驚くほどの早さで燃え広がり、消防が消し止めるのが困難だと知る由もありません。
実態として、こうしたバッテリー自転車の普及が急速すぎて、市場の拡大に規制が間に合っていないことが挙げられるでしょう。ちなみにイギリスでは、バッテリー自転車の充電器と、普通の自転車を電動化するキットに関する規制は現在ありません。
電動化キットはバッテリー火災の原因の4割を占めています。
ロンドンでは2日おきにバッテリー火災が起きています。その多くが純正品でないバッテリーや勝手な改造が原因になっていることも明らかになっています。報道などで危機感を覚える人もいますが、安い非純正品を使う人は後を絶たず、毎日問題が無ければ警戒感も緩むでしょう。それがいつか発火する可能性があるわけです。
バッテリー市場は世界に広がっており、認定されていないバッテリー、非正規品、正規品を偽造したバッテリーが、ネットなどを通じて氾濫していることも問題です。今どきは海外から輸入するのも、ネット経由で簡単に出来てしまいます。もちろん、国際的な規制などもまだ未整備です。
たとえ粗悪で無責任なものでなかったとしても、バッテリー、モーター、充電器がすべて連携して動作するように設計されていないサードパーティー製にはリスクが存在すると言います。さらに、純正のバッテリーだったとしても、衝撃が加わったり、使い方を誤ったら発火の危険性は否定できません。
政府やメーカーなども啓発を行っていますが、例えば一度落としたバッテリーは使わないで下さいと言われて、それに忠実に従う人がどれほどいるでしょうか。安価な消耗品などとは違い、決して安いものではないですし、落としたり、少し傷がついたり、水濡れしても乾かして使ってしまう人はいるに違いありません。
寝ている間に充電しないでくださいとか、家の出口を塞ぐような場所での充電は避けて下さいと言われても、それぞれの事情で守れない人も多いでしょう。充電する前にバッテリーを冷やす、平らで硬い場所で充電する、あまり温度の高い場所は避ける、などのアドバイスも、徹底されているとは思えません。
修理の問題もあります。普段と違ったり、出力低下を感じた場合に、バッテリーの修理を頼めるところが身近にない場合は多いでしょう。メーカーの指定修理工場などだと、修理や検査を頼むにも高額になったり、時間や手間がかかるという問題もあります。
これは、自転車のバッテリーに限ったことではありません。スマホやタブレット、ノートパソコンなどのバッテリーも共通する部分です。これらのバッテリーの交換や本体の修理については、「修理する権利」が問題となっています。代表的なメーカー、アップルの事例が盛んに報じられた時期もありました。
アップルのスマホを落として画面にヒビが入ったり、バッテリーが古くなったので修理や交換しようとすると、指定の窓口を通さないと出来ず、高額な修理代や工賃がとられるという問題です。自分で修理しようにも専用の工具がないと無理で、部品が接着されていたりするので不可能なのです。
アップルは、知的財産の保護やセキュリティー上の問題を理由に、自社の商品の「修理する権利」に否定的な立場を表明していました。デジタルミレニアム著作権法(DMCA)を根拠として、修理も独占的に行っていたわけです。アップルも商売なのでしょうけれど、修理費も高額でした。
さらに、アップルは、バッテリーが古くなった、iPhone の動作が遅くなるように意図的に設定していたことが明らかになりました。本来なら、バッテリー交換で症状が改善するのに、不具合と思い込んだ多くの消費者が新しいモデルへの買い替えを迫られる事態になりました。こうした姿勢に批判が高まりました。
このような経緯もあり、「電子機器を修理する権利」という考え方に賛同が集まり、テック企業も抗することが難しくなっていったということがありました。修理するより買い替えたほうが安い事例が頻発したため、多くの電子部品の廃棄物が発生したことも理由です。アメリカ各州では修理の権利を認める法律が成立し始めています。
ところが、自転車のバッテリーの場合は少し事情が違います。iPhone のバッテリーが古くなっても普通は発火はしません。自転車の場合は火災に直結し、人の死につながります。もちろん、全てのバッテリーが発火するわけではありませんが、もし発火した場合には容量も大きいこともあって被害が違うわけです。
そこで、一部のサイクリストたちには、
バッテリー自転車について、修理する権利を適用しないよう求める動きもあります。スマホなどの電子機器の修理する権利を求める世論とは逆の方向です。場合によっては、自転車メーカーに法外な修理料金を請求する不当な権限を与えかねないにも関わらずです。
電動自転車のメーカーの中には、基本的にバッテリーの修理は危険なため、あるいはリスクが高すぎるため出来ない、するべきでないと主張しているところもあります。
バッテリーが故障した場合は修理でなく交換し、古いものはリサイクルに回すべきとしています。
現在でも、自転車のバッテリーによる火災で人命が失われ始めているわけで、このまま勝手な修理や改造を認めていては、状況はさらに悪化し、バッテリー自転車の存在そのものが問われることになりかねません。ユーザーも乗れなくなってしまったら、修理の権利も何もありません。
充電の仕方やバッテリーパックの扱い方、想定されない修理や改造などがバッテリー火災の原因の大きな割合を占めることはわかっています。しかし、こうした修理や改造を規制したら問題の解決とはいかないのが、この問題の難しいところです。ほかの国まで規制できないからです。
例えば、インドネシアでは、一定の割合で国産部品を使った電動自転車に、最大700マンルピア(日本円で約7万円)の補助金を出す政策が実施されました。これにより、電動自転車は激増しました。気候変動対策として評価されますし、他国の産業振興政策を批難することは出来ません。
しかし、バッテリーに関する規制は一切ありません。そこで、純正品より安価で大容量のバッテリーを取り付けようというユーザーが拡大しています。バッテリー容量を上げれば航続距離が伸びたり、スピードがアップしたりします。純正品は高いので、
こうした改造を行う業者が増加しています。
よく指摘される中国もそうですが、こうした業者が増えて非純正のバッテリーが多く流通するようになれば、やがては海外に輸出されるのは必定です。イギリスで違法な改造を取り締まったとしても、ネットを通じて新興国製の不適切なバッテリーの流入を止めるのは困難と言わざるを得ません。
イギリスでは、気候変動対策としてのバッテリー自転車の有効性という観点から、
電動自転車のモーターの出力の制限を2倍にしようという協議も運輸省の主導で進んでいます。修理や改造の話とは逆で、バッテリー火災に対する危機感は、必ずしも一様ではないわけです。
やはり、より長い距離、速い速度、ラクに坂を上れるといったニーズがあるのは間違いないでしょう。バッテリー火災の脅威にも関わらず、イギリスでは違法に改造されたバッテリー自転車が、
昨年は前年比2倍の260台も押収されたとの報告もあります。
危機感を高めた消防や警察、関係機関は
「不発弾」を保管してるようなものだとして、市民に警告や使い方などの注意を呼びかけていますが、不適切な製品を使ったり、危機感の乏しい人が少なくない状態です。もちろん一部では問題意識も高まっていますが、なかなか問題の解消や好転への道筋が見えていません。
最近も何度か取り上げましたが、日本でも、一部で違法な電動自転車が問題になり始めています。今のところ、歩道の暴走などが問題で火災の懸念は広がっていません。しかし、このまま違法な製品の増加を見逃していれば、イギリスのような状態にならないとも限りません。今のうちに対策を考えておくべきではないでしょうか。
◇ 日々の雑感 ◇
小林製薬の紅麹を使ったサプリの問題、機能性表示食品全体の不信につながりかねず懸念は広がりそうです。