江戸時代までは金もたくさん採れていましたが、今はごく限られます。原油も出ませんし、レアアースもほぼ採れません。森林資源は豊富ですが切り出しにくく、人件費も高いので輸入材が使われます。結果、エネルギーから鉱物資源、農林畜産物まで輸入に頼らざるを得ません。
日本は資源の少ない国なので、原材料を輸入して加工し、輸出して稼がなければならないと小学校の社会科で習った人も多いはずです。いわゆる加工貿易というやつです。国土も狭いので農産物、食料や家畜のエサまで輸入する必要があります。輸出して稼ぐための「ものづくり」が産業の中心とされるわけです。
ところで、話は変わりますが販促、販売促進の方法にはいろいろあります。日にちを決めて割引セールをしたり、次回使える割引クーポンを配ったり、イベントをして景品を贈呈したり、会員になると割引になったり、たくさん購入するとトクになったりなど、日常でもいろいろな販促に出会います。
最近は専用のスマホアプリを使うと特典があったり、指定の決済アプリを使うと安くなったりします。スーパーや小売店だけでなく、メーカーや卸、輸入代理店などが販促をする場合もあります。もちろんリアルの店舗だけでなく、ネット販売の世界でもいろいろな販促が行われています。
イタリアのサイクリングブランドで自転車用品などを展開する“
Imatra”も、販促のツールがあります。その名も“
Imatra”というアプリです。このアプリ、よくあるアプリとは少し違います。アプリをダウンロードし、起動して自転車で走ると、25kmごとに、1Imatraコインを獲得できるというものです。
このコインを貯めて、実際の自転車用品などを購入するのに使えます。“Imatra”ブランドの製品だけではありません。サイクリストなら誰でも知っているような有名ブランド、Pinarello、Look、Shimano、Campagnolo、Garmin、Colnago、Oakley、Lightweightといった100以上のブランドの製品も購入出来ます。
私は販促アプリと書きましたが、それはブランド側の話であって、一般のサイクリストにとって“Imatra”は、無料のサイクリングアプリであり、モバイルライドトラッキングアプリということになります。サイクリストが自分の自転車で実際に走った距離を、金銭的価値に交換できるアプリなのです。
基本的に25キロで1コインですが、平地や坂道など走った地形によっても変わります。市街地の平坦でラクな道路を走った場合と、坂道の多いコースを走った場合と同じ価値ではないのは、実感に即していると言えるでしょう。同じ25キロ走っても実際には、0.5ユーロから4ユーロと差が出ます。
それでも、これは結構な金額でしょう。何ももらわなくても走るわけですから、このアプリを使わない手はありません。片道25キロくらい通勤する人も少なくないと思いますので、コインを貯めれば相応の節約が出来ます。クルマをやめて自転車通勤にする人もいるに違いありません。
実は、このアプリ、自転車で走ることに報酬、インセンティブを与えることで、健康習慣を身につけてもらうと共に、地球環境に優しいライフスタイルを促進することを目的としているとうたっています。このアプリでクルマをやめて自転車を使う人が増えれば、たしかに地球環境に貢献します。
商品の購入に応じてポイントを付与するのでは、いかにも販促ですが、何も購入せずとも自転車で距離を走ればコインが貯まるというのは、販促に見えません。目的は人々の健康と地球環境の負荷の軽減と掲げれば、企業イメージの向上にも資するに違いありません。
与えられる“Imatra”コイン、実は仮想通貨です。ビットコインが有名ですが、他にもたくさんの種類があります。多くはマイニングという操作で獲得することが出来ますが、そのためのコンピュータを動かすために多くの電力がかかります。ビットコインだけで小国の年間消費量に匹敵する電力が必要と言います。
最近その点が環境面で問題とされているわけですが、“Imatra”コインは100%グリーンな、ネイティブデジタル通貨なのだそうです。プルーフ・オブ・ステークというアルゴリズムが使われており、詳しい説明は省きますが、ビットコインなどのマイニングより数千倍も効率がよく、大量の電力を消費しないのです。
貯まるのがブランド独自のポイントではなく、仮想通貨というのには意味があります。世の中には、いろいろな店やサービスのポイントがあふれていますが、その多くは独自のポイントです。その店が潰れたら、せっかく貯めたポイントが無価値になってしまいます。
しかし、仮想通貨ならば、理屈上は独立した価値を持ちます。今はまだのようですが、他の仮想通貨と同じように市場で交換したり売買したり出来るようにする予定です。“Imatra”コインの市場での流通が必要ですが、理論上は貯めたコインを自由に使える、自転車用品などの購入以外にも使えることになるわけです。
現在は、“Imatra”のサイトから自転車用品などを購入するのにしか使えませんが、ポイントではなく、わざわざコインにしているのには理由があるわけです。いわば人間のエネルギーによって生み出され、獲得される仮想通貨を、市場で流通させることを目指しているのです。
デジタル通貨ですから国境もありません。“Imatra”の商品の配送は現在拠点のある31か国となっていますが、コインはどこでも使えるわけです。こうしたコンセプトが理解され、単なるネット通販サイトの販促にとどまらないと認識され、その価値が認められれば、このコインの市場も大きく広がる可能性があります。
ところで、なぜこのような報酬が支払えるのでしょう。もちろん、報酬を出して“Imatra”を使ってもらうことで、お客の囲い込みになるのは確かでしょう。報酬は販促費であり、宣伝広告費です。同じ有名ブランドの自転車用品やパーツでも、自社サイトで買ってもらえれば、相応の収益があるはずです。
ただ、金額も意外に大きいですし、それだけではないと思います。アプリの長い利用規約の小さい文字を読んだわけではないので、私の推測に過ぎませんが、“Imatra”側は、データを活用することも考えているはずです。アプリが使われることで、利用者の走行データを収集、蓄積することを狙うわけです。
データが蓄積されれば、そこには価値が生まれます。特に、データを収集するプラットフォームとして認知されるようになれば、それは大きな価値になるでしょう。人々の走行データなど、何の役に立つのかと思う人もあるでしょうが、利用方法はいろいろあるはずです。
それがデータの価値であり、データは『21世紀の石油』と呼ばれる所以です。アルファベット(グーグル)、メタ、アマゾン、マイクロソフトといったビッグテック、いわゆるプラットフォーム企業が収集したデータによってどれだけのキャッシュフローを生み、市場の支配力を持っているかを考えれば明らかです。
今までの自転車屋さんは自転車やパーツを売ったとしても、その顧客がどこをどう走っているかなど知る由もありませんでした。しかし、こうしたアプリを顧客が使うことで、詳細な走行データが手に入ることになります。それは自転車の使われ方や市民の移動データとして、さまざまに活用され、大きな価値を生むことになります。
デファクトスタンダードとしてのプラットフォームとなれば、莫大な資産になります。データは資源なのです。そこを目指していると見るべきでしょう。これは全くの私の推測に過ぎませんが、おそらく、そう的外れな見解ではないはずです。21世紀の石油を扱うのは石油メジャーとは限らないのです。
自転車の走行データに限らず、資源としてのデータはどこに埋蔵されているかわかりません。これまで利用されていないだけで、大きな価値を持つデータがまだまだ無数にあるはずです。そう考えると、日本は必ずしも資源小国ではありません。もちろん、データそのものは海外にあっても構いません。
それを収集する仕組みやプラットフォームを構築できるならば、大きなビジネスが生まれる可能性があります。国境もまるで関係なくなります。日本が資源小国などと考える意味もなくなります。ものづくりが不要になるわけではありませんが、資源としてのデータが今後のビジネスの大きな部分を占めていくのは間違いありません。
◇ 日々の雑感 ◇
アメリカ大統領選は急展開、バイデン氏が撤退しハリス氏の候補指名確実、選挙の行方は混沌としてきました。