日本ではさほど大きな扱いではありませんが、イギリスでは近年なかった規模の暴動の連鎖で、世界から注目されています。先月29日にイングランド北西部のサウスポートで発生した事件が発端です。刃物を持った人物がダンス教室に押し入り、6歳と7歳、9歳の子ども3人を殺害し、子ども8人と大人2人が負傷しました。
この事件の容疑者が、ボートで違法にやってきたイスラム系移民だとの偽情報がSNSで拡散され、各地で反移民感情が高まり、排斥運動や暴動へとつながりました。実際にはイギリス生まれのルワンダ人2世だったにもかかわらず、子どもが殺されたことによる怒りや憎しみも相まって全英各地での暴動へと発展したようです。
政府や当局は、事件を扇動したのは極右グループや活動家だと考えているようです。しかし、政府や警察に抗議する多くの市民もデモに加わり、一部は店舗からの略奪やモスクへの投石などの暴力行為に及んだようです。市民の反移民感情に加えて、政府への不満もあったようです。
もともとイギリスは、ヨーロッパの中でも移民に対して寛容な国とされてきました。イギリス人の嫌う仕事を移民が引き受け、経済を浮揚させる効果があると考えられてきました。一部の過激なテロリストは別として、実際に市民の中には、移民と融和しよう、支援しようという動きもありました。
そんな、ヨーロッパの中では相対的に移民に寛容だったイギリスが、徐々に反移民感情を募らたことで、変化してきている面は否めないのかも知れません。SNSなどで拡散される情報を見れば、不安になったり腹が立ったりすることもあるでしょう。一部の移民・難民による犯罪も起きています。
全体として、そのような反移民感情がイギリスのEU離脱、ブレグジットを招いたとの指摘もあります。もちろん、移民だけが論点ではありませんが、背景の一つでしょう。東ヨーロッパに加えてアフリカなどからも多くの移民がイギリスに押し寄せていたのも事実です。
比較的移民に寛容なことや、経済が大陸欧州より堅調、失業率もフランスなどと比べればかなり低いため仕事を探しやすい、すでに移民のコミュニティがあるなどの理由もあって、アフリカからの移民・難民がヨーロッパを通り抜けてイギリスを目指すのも理解できます。
イギリスにしてみれぱ、ブレグジットし、EUのシェンゲン協定に縛られなくなったにもかかわらず、ボートなどを使った不法難民が相変わらず押し寄せていることに対する反発もあるはずです。不法入国者をルワンダへ強制的に移送する法案も前政権のもとで可決成立しました。
犯罪者は一部であり、宗教やイデオロギーは別にしても、イギリス国民が反移民感情を募らせるのは理解出来ます。移民は経済を押し上げると思っていたけれど、あまりにも増えすぎたため、自分たちの生活へも直接影響が及んでいると実感するからです。一番は、職を奪われているということでしょう。
ほかにも、例えばイギリスの医療は崩壊と言われるほど危機的な状況にあります。受診するのに3ヶ月待ちという話も聞きます。もちろん政策の失敗ですが、身近なところで、移民が多くなったため、病院での待ち時間が激増したと感じるという話も、実際に聞いたことがあります。
電車の混雑が酷くなったとか、レジの待ち時間が増えたとか、身近なところで実感するようです。受け入れ可能な人数を大幅に超えていると感じる国民が増えているのは確かでしょう。比較的寛容だったイギリスでも反移民感情が高まっている中で、事件が起きたため、各地に飛び火する事態となっているとも考えられます。
しかし、信頼度が高いとされる欧州社会調査で、英国民の大多数が、移民はイギリスをより住みやすい国にしたと答えています。世界価値観調査では、移民が犯罪や失業の原因になるという意見に同意する割合が最も低いのはイギリスでした。それも2年ほど前の調査です。
市民による移民への支援も行われています。例えば、その一つが“
The Bike Project ”です。イギリス国内にいる移民・難民に自転車を贈呈し、乗ってもらおうという活動です。慈善団体が呼びかけて中古の自転車を集め、修理し、寄贈しているプロジェクトです。2013年以降、1万1千台以上の自転車が贈られました。
アフリカなど途上国の貧困にあえぐ人々にとって、自転車が重要な支援になるということについては、これまでいろいろ取り上げてきました。それらの国ならともかく、なぜ英国にいる移民・難民に自転車なのかと訝る人もあるでしょう。しかし、それらの人々にとっても、自転車は大きな意味のある支援なのです。
ひと口に移民・難民と言ってもいろいろな境遇の人がいるわけですが、経済的に恵まれていないのは間違いありません。例えば、亡命を求めて押し寄せる難民のほとんどは就労が認められず、政府からの支援金はわずか、週に48ポンドほどです。食事が支給される施設に入れば、残る支援金は10ポンド足らずです。
その中から移動するための交通費を確保するのは困難です。一般的なバスの定期券は週に20ポンドほどかかります。当然ながら多くは失業中ですが、職探し、あるいはアルバイトをしようとしても、勤め先へ通う交通費がないのです。そんな中で、自転車があれば非常に助かるのは想像に難くありません。
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実際には、食べ物を得るために慈善団体から慈善団体へと移動する必要がある人も大勢います。そのような人たちにとって、自転車はまさに死活的に重要な移動手段なのです。友人を訪ねたり、モスクへ行ったり、学校へ行くなど、経済的だけでなく、身体的、精神的、社会的にも大きな救いとなっていると言います。
地域社会とつながったり、感情的な安定につながったり、楽しみになったり、難民生活に思いもよらない恩恵をもたらしてくれると支援された人たち自身が話しています。もちろん、自転車に乗ったことのない人、乗れない人へのレッスンを提供したり、ボランティアと難民の人が一緒にサイクリングに行くこともあります。
この“The Bike Project”は、移民・難民に対する支援活動の、ほんの一つに過ぎません。そのほかにも、移民・難民に対して食料や経済的な支援をしたり、積極的に地域のコミュニティに受け入れようとする活動など、多くの取り組みがイギリス各地で行われています。
毎日のように報道される恐ろしい犯罪や、極右の扇動により反移民感情が増しているのは、その通りなのでしょう。ただ、それでもなお、反移民に抗議したり、人種差別に反対する平和的な抗議活動も起きています。反移民のグループと、移民排斥や人種差別に反対するデモが対峙する場面も各地で見られています。
暴動が一部で飛び火したのも事実ですが、多くの地域で扇動された反移民行動が実現しなかったことも報告されています。多くの人が人種や宗教による移民差別、排斥に反対する平和的なデモ、抗議活動に加わっています。暴動や暴力行為を非難し、被害を受けたモスクなどを修復したり、復旧への募金活動も見られます。
どうしても暴動のほうが目をひくため、報道が多くなってしまいますが、比較的寛容なイギリス人は依然として多数派です。SNSなどによる偽情報や扇動に煽られ、国が分断される事態を憂慮し、冷静に平和的行動をとる人のほうが圧倒的に多いとされています。そこにイギリス国民の成熟した精神性や分別を感じます。
◇ 日々の雑感 ◇
南海トラフ地震臨時情報で、巨大地震注意が発表されました。確率が上がったと言え0.5%とは微妙な数字です。
Posted by cycleroad at 13:00│
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